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加藤未唯、マッチポイント凌ぎ3時間の死闘を制して決勝進出。ファンの声援を受け、ついに気合の雄叫びも!

内田暁フリーランスライター
(写真:田村翔/アフロスポーツ)

○加藤未唯 4-6, 7-6(1), 6-4 J・フェット

 この日初めて……いや、恐らくは今大会の7連戦を通じて初めて、彼女が試合中に「ヤーッ!!!」と激しく声を上げた。

 第1セットを落とし、第2セットも1-4と敗戦まで2ゲームと追い込まれた窮地から、追い上げ、4-4に追いつき、そして続くゲームの最初のポイントで、「私の一番の武器」であるフォアの逆クロスでウイナーを叩きこんだ時。

「あの時は……盛り上がってきてましたね」

 少しばかり恥ずかしそうに、八重歯をこぼして彼女は言った。

「今大会の目標は、感情を表に出さないこと。良いプレーをしても、気持ちの変化がないようにしています」

 今大会が始まった時から……いや、始まる前から彼女は、喜びすら含めて、感情を表に出さないと自身に誓いを立てていた。喜怒哀楽、いずれの感情も高ぶらせ過ぎてしまっては、自分で制御できなくなる。だから今大会の彼女は、それまでの闘志を剥き出しにするコート上の姿がウソのように、常に淡々と……会心のエースを決めた時すら軽くガッツポーズを握りしめる程度に、感情の表出を抑えていた。

 その彼女が、ツアー初の決勝進出を掛けた一戦で、劣勢から追い上げた時に、ついに叫んだ。さらには、その後相手にみたびブレークされ、マッチポイントに瀕しながらも切り抜け追いついた時にも、再び「ヤーー!」と気合の咆哮。気持ちを盛り上げ、その荒ぶる感情を律しつつ、彼女はタイブレークを制し試合を五分に振り戻した。

 第2セットで1-4と剣ヶ峰まで追い込まれた時、彼女の脳裏をよぎった思いは「あっ、予選決勝の時も4-1やったな~、あの時と一緒や~」だったと(試合後に、のんびりとした京都弁で)明かす。確かに予選決勝でも、似たような場面があった。ただしその時、リードしていたのは彼女の方。本戦出場を目の前にして、プレーが乱れ追い上げを許した一戦を、彼女は勝利にも関わらず「良くない試合だった……」と拗ねたように悔いていた。

 その反省の記憶が、この絶体絶命の局面で、逆転を信じる根拠と化す。「あの時、相手は追い上げてきた。だから、きっと今日は自分もできる」――そんな本人曰く「変な自信」が、それまで抑えに抑えていた気魄と重なり、第2セットを奪い返す原動力となった。

 だが第3セットでは、再び窮状が彼女を試す。最初のゲームをブレークされ、0-2からの相手サービスゲームでは、5度のデュースを繰り返し、30本を超えるラリー戦を制し、2度のブレークチャンスを手にしながらも、最後は相手のスーパーショットで逃げ切られる……。この時会場を満たした落胆のため息は、そのまま観客たちの胸中を映す。「US(先月末の全米オープン)までの私だったら、もう無理やなと思ってしまったと思う」。本人も素直に、そう認めた。

 しかし今大会、戦う度に何かを学び次につなげてきた彼女には、まだ自分を信じる力があった。

「長いラリーをしていたこともあって、『相手の体力も削れたかな~』くらいに思っていて。先にブレークされたけれど、セカンドセットみたいにチャンスは絶対にあると思っていた」。

 対戦相手のヤナ・フェットは、予選からの勝ち上がりで、この準決勝がこの1週間で7試合目。確かに体力的に厳しい状態にいただろう。ただそれは、加藤も全く同じ条件。いや、走り回るプレースタイルを考えれば、彼女の方が遥かに消耗していたはずだ。それでも彼女は「フィジカルバトルになったら負けないだろうって、どこか思っていた」とサラリといった。

 その根拠はどこから来たのか――? そう問われると彼女は、意表をつかれたように「根拠ですか?」とオウム返しし、しばらく考えた後に「……ないですね。ただの自信ですね。過信かもしれないけれど」と苦笑いする。しかしそれが過信などではないことは、第3セット中盤からサーブが入らなくなり、ゲームカウント4-4の場面ではついにケイレンした相手の姿から明らかだった。

 彼女が「根拠」を思いつかなかったのは、決して「無い」からではなく、それがあまりに日常に組み込まれた、努力の集積だからだろう。彼女は、「走るのが好き」だと言う。そもそも彼女とテニスとの出会いも、小学生2年生時に上級生に混じって駅伝選手候補に選ばれ、その時に担当教員から「テニスをすると良い」と勧められたから。以来彼女は毎朝のように、家の近所の山を走っていたという。日本テニス協会ナショナルチームの北村珠美トレーナーも、「あの子、持久力はばかみたいにあるから」と半ば呆れたように笑った。

 夜10時半に及んだ2時間53分の死闘を終えた時、彼女はサインボールを手にすると、観客席まで歩み寄り一人の少年に手渡した。その子は試合中……特に彼女が最も苦しかった第2セット中盤から最後まで、1ポイントごとに「がんばれー!」と大きな声援を出し続けていた最大の応援者。

「力になりましたね。ポイント落とした時でも、毎ポイント声かけてもらって。それも大きな声なので絶対に聞こえるので……本当に嬉しかったです」。

 その少年の声は、喜びの表出すら抑えて自分を制し、ひたむきに戦い続けてきた彼女が獲得した最高のご褒美。

 ファンの声を受け、「盛り上がり」ながらも冷静に戦う術を味得し、日々成長し続ける加藤未唯の今大会の集大成――それが、本日の決勝戦になる。

追記:応援してもらう時には、「やっぱり名前を呼ばれるのが嬉しいです」という彼女。

「カモン、みゆ!」など、名前を呼んでの声援が力になる模様です。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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