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幻惑的なプレーと言動で、相手や周囲を煙に巻く…? 全仏OP単複出場の加藤未唯の、本質を語るモノとは…

内田暁フリーランスライター
(写真:アフロ)

小柄な身体が宙を舞い、豪快なボレーを相手コートに叩きつけるーー。

全仏オープン・ダブルスの開幕戦。加藤未唯がネット際で見せる幻惑的かつ躍動感に満ちた動きは、勝利を呼び寄せるポイントを、試合終盤で立て続けに生み出した。

加藤が穂積絵莉と組むダブルスは、1月の全豪オープンでベスト4まで勝ち上がった黄金ペア。加えて今大会での加藤は、シングルスでも厳しい予選3試合を勝ち上がり、初のグランドスラム出場を果たしている。しかもダブルスの初戦で対戦したT・タウンザント/A・ムハンマドのうち、タウンゼントはシングルス初戦で苦杯をなめさせられた相手。雪辱を期して挑んだ一戦での勝利に、「勝ててほっとした」と笑みをこぼした。

156cmの小柄な身体で単複両方で世界に挑む加藤は、選手仲間たちの間で、高い運動能力で知られている。ダブルスパートナーの穂積が「凄く身体能力が高い」と言えば、ダブルスで38のツアータイトルを誇る杉山愛さんは「アイ・ハンドコーディネーション(視覚情報と手の運動を連動させる能力)が素晴らしい。動体視力も良く、動物的な勘を持っている」とその能力を絶賛する。そもそも加藤がテニスを始めたのも、小学2年生の時に上級生たちに混じって駅伝選手候補に選ばれ、その際に担当教員から「テニスかスノーボードをやるといい」と勧められたから。運動センスは当時から、突出したものがあったのだろう。

とはいえいくら運動能力に秀でていても、156センチの体格は、言いたくなくてもテニスではハンデになる。特に11月生まれの加藤は、年齢区分が1月1日から12月31日で切られるジュニア国際大会などで、常に年少の側に身をおいた。大人になってからはともかく、成長期の10代前半の頃には、数ヶ月の年齢差は体格や腕力の差をより増幅する。

「早生まれの子たちは、いいなぁ」

少女時代は、そんな風に思ったことも当然あった。

10代の中ごろから同世代のトップとして国際大会にも多く出場し、全豪オープンJr.では穂積と組んだダブルスで準優勝した加藤だが、一方で彼女がテニスへの情熱や将来の夢などを熱く語ることは、あまりなかったように記憶している。

「テニスだめだったら、他のことをやればいいし」

そんな風に思ったり、アメリカの大学への進学を考えたこともあると言った。

偽らざる本音か、はたまた照れ隠しのポーズなのか……ゆったりとした京都弁で奏でられる加藤の言葉は、どこかつかみどころがない。スパイスを効かせた当意即妙な受け答えは人を笑顔にさせ場を和ますが、笑いの煙幕ではぐらかされたように感じることもある。

しかし、「手ニス」などと表現されることもあるこの競技では、時に、手は口ほどに物を言う……。

以前に彼女と握手をした時、その手のひらのザラリとした手触りに、驚かされたことがあった。

「指、短いのコンプレックスなんですよ」

そう言い、かざした綺麗なネイルアートが施された手は、指の付け根部分の皮膚が硬化し、ところどころ、ささくれ立つように破れていた。

「ほんまマメだらけで……かわいそうでしょ?」

いつもの、柔らかながら少し物憂げな口調からは、やはり真意を読み取るのは難しい。だがその手は、「ひとの倍は練習する」という周囲の評価が事実であることを、何より雄弁に物語っていた。

「明日も、この手で頑張ります!」

そう言い向かった今大会のシングルス予選決勝で、彼女はスピンを掛けたフォアを振り抜き、自慢の足で赤土を跳ね上げ走り回り、30度を超える炎天下のなか、フルセットの熱戦を制し本戦の切符をつかみ取る。

「これで、自分のことを“WTAプレーヤー”と言っていいんかな…」

全てのテニスプレーヤーが憧れる舞台にシングルスでも立つことで、自身の地位を自ら確立したとの思いが芽生えた。

そのシングルスは初戦で敗れるほろ苦いデビューとなるも、翌日のダブルスではストレートで快勝。ただし太腿には、物々しいテーピングが巻かれていた。

理由を問うと、「カムフラージュです」と悪戯っぽい笑みを浮かべるが、この発言そのものがカムフラージュ。実際にはシングルスの予選決勝後に、痛みが出てきたのだという。

それでもダブルスでは、気心知れたパートナーの存在もあってか「勝ちたい」との思いは強く、その胸中をカムフラージュすることもない。

「全豪(ベスト4)以上の成績は欲しい」

素直な言葉と正直な手で、目指す地点をつかみにいく。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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