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選手が口を揃える「今年のATPツアーファイナルズのコートは速い」は本当か!? 製作会社の社長に聞く

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

「ここのサーフェスは速い」「他より高く跳ねる」「このサーフェスは自分のスタイルにあっている」

テニス選手のこのようなコメントを、耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。サーフェス(surface)とは、英語で「表面」の意。その言葉通りコートの表層部の種類を指し、大別するとハード、グラス(芝)、クレイ(土)、そして日本で広く使われているものとしてオムニ(砂入り人工芝)やカーペットなどもあります。

錦織圭が参戦していることで日本でも話題となっている、現在開催中の“ATPワールドツアーファイナルズ”は、インドア施設でサーフェスはハード。そして今年、このサーフェスが話題に上ることが多いのは、ほとんどの選手が「例年よりもかなり速い」と口にしているためです。

ハードコートは、一言に「ハード」と言ってもその硬度や跳ね具合は多種多様。種類も、使われる素材や施工のプロセスによって複数あります。グランドスラムを例に取れば、全豪オープンはプレクシクッション、全米オープンはデコターフ。そしてATPツアーファイナルズで採用されているのは、グリーンセットと呼ばれる種類のハードコートです。

テレビなどでこの大会を見ていると、コートは完全に会場になじみ、恐らく常設のそれのように見えるかと思います。しかし実際には大会会場のO2アリーナは、コンサートなどにも使われる多目的インドア施設。テニスコートも、約1週間のこの大会のためだけに設えられた、言わば仮設コートです。

ではコートを作るのに、一体、どれほどの時間が掛かるのか……?

「2日半ほどです」と答えを教えてくれたのは、グリーンセット社の社長である、ハビエル・サンチェス・ビカーリオ氏。この名前を見て、ピンときたテニスファンも多く居るのではないでしょうか。そう……90年台に活躍した元女子世界1位のアランチャ・サンチェス・ビカーリオの兄であり、ハビエル氏自身もシングルスで4つ、ダブルスでは26ものツアータイトルを獲得した、元トッププレーヤーです。

2000年に現役を退いたその直後、ハビエル氏はフランスのコートサーフェスメーカーであるグリーンセット社を購入(現在の本社はスペイン・バルセロナ)。それまで主に欧州のアカデミー等でコートを作っていた会社の事業を拡大し、グリーンセットはATPツアーやITFなど、多くの大会で使われるようになりました。中でも最大の業績が、2009年からO2アリーナで開催されているATPツアーファイナルズ、そして今年のリオ・オリンピックで採用されたことでした。

グリーンセット社がそれだけの信用を獲得できたのは、「わたし自身のように、テニスを良く知っている元選手たちが直接施工に関わっているため、あらゆる要望に適正に応じられること」、そして「優れた少人数で対応しているため、高い質のコートを迅速に作れること」にあるのだとハビエル氏は言います。今大会のコートを作るにあたっても、先週月曜日の午後2時から着手し、水曜日の朝には作業完了。作業にあたったスタッフは僅かに8名で、サーフェスの命である「素材を刷毛で塗る作業」は、たったの2人で行われました。

「最も人数が必要なのは、搬入と土台の組み立てです。それが済めば、あとはペイントのプロの出番。彼らは芸術家です。芸術家は、そんなにたくさん生み出すことはできませんから」と、ハビエル氏は笑顔でスタッフたちを称えます。なお今回のサーフェスは4層に塗られましたが、「大切なのは層の多さではなく、どのくらいの量のマテリアル(素材)を、どれくらいの厚さで塗れるか」であり、その繊細な加減こそがボールの跳ね方や速さ/遅さを決めていくということです。

さて、そこで気になるのが、選手たちが「今年は速い」と声を揃えるサーフェスの速度。果たして本当に、速い仕上がりに調整しているのか……?

会場に表示された大会別サーフェス速度表。これによると今大会はハードの中でも速めだ
会場に表示された大会別サーフェス速度表。これによると今大会はハードの中でも速めだ

「サーフェスの速さなどを決めるのは、我々ではなく大会主催者です。大会はそれぞれ異なる協会や会社によって運営されており、様々な要求を出してきます。例えばこの大会の主催者はATPだし、パリ・マスターズはFFT(フランステニス協会)。

今大会、ATPからリクエストされたのは『パリと同じにして』ということでした。我々はパリ・マスターズのコートも作っているので、要望に応じるのは難しくありません。それは選手にとっても、非常に良いことだと思います。前の週(パリ・マスターズはツアーファイナルズの1週前開催)と同じ環境でできるのですから」。

それが、ハビエル氏の答えでした。

ちなみに今年のパリ・マスターズを制したのは、新生世界1位のアンディ・マリー。コートへの慣れや相性を考慮すると、今年のATPファイナルズのサーフェスは、マリーに味方するのかもしれない……そんなことも頭の片隅に置きながら今大会を見てみると、また少し別の味わいが得られるかもしれません。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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