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全米オープン準決勝、錦織圭の悔しい逆転負けを、対戦相手のS・ワウリンカの視点から見てみる

内田暁フリーランスライター
(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

全米オープン準決勝 ○ワウリンカ 46 75 64 62 錦織圭●

勝利後に、テレビに出演し試合について語る彼は饒舌で、日頃は「シャイだ」と言われているのが嘘のように、ファンの声援にも笑顔で手を振り応えます。

身に纏う練習用ウェアの胸部分に際立つロゴは、これからまさにバックハンドを打たんとする、彼の姿のシルエット――。

スタン・ワウリンカの代名詞であり、ジョン・マッケンローが「テニス史上最強のバックハンド」と絶賛したその武器で、彼は錦織戦でも試合の流れを変えるターニングポイントを……そして勝利を奪い取りました。

「第1セットの彼は、素晴らしかった。常に攻撃的で、自分には打つ手がなかった」

後に勝者が認めるように、第1セットの錦織は、完璧とも言えるプレーを見せつけます。さらには第2セットでも、最初のゲームをいきなりブレーク。錦織がコート上を支配し、試合の主導権をにぎったかに見えました。

それでもこの2年ほど、「メンタルを最も変えた。常にポジティブな姿勢を貫き、試合の中で解決策を見つけられるように心がけている」というワウリンカは、「少しずつ、少しずつ、状況を変えようとした。よりボールを重く、速く打ち、彼を走らせようと思った」と言います。

その変化の兆候が最初に現れたのは、第2セットの第3ゲーム。ワウリンカはバックハンドのダウンザラインを鋭く放つと、錦織の返球をもう一度、同じコースながら、より早いタイミングで、より速い打球をバックで打ち込みます。逆を突かれた錦織は、この2球目には反応できません。第1セットでは1本もなかった、この日最初の、ワウリンカのバックハンドによるウイナー。そしてこの一撃を機に、ワウリンカは4ポイントを連続で奪取。錦織のウイナー1本を挟んで、さらに8ポイント連取でブレークバックにも成功します。

こうして変わり始めた流れを、ワウリンカが完全に手中に収めたのは第2セットの第10ゲーム。スピンを掛けた鋭角のバックで錦織をコート外に追い出すと、爆発音を轟かせ叩き込んだ、ダウンザラインへのバックのウイナー――。

まずはその音に、そして球のスピードに、観客から驚きと興奮の歓声が上ります。さらには会場内の巨大モニターにリプレイが映し出されると、再び沸き上がる「オー!」という驚嘆の声。彼のバックハンドは単にポイントを奪うのみならず、会場の空気の色そのものを塗り替える、エクストラな魅力と破壊力を備えています。このゲームは錦織が2本のブレークポイントをなんとか凌ぐも、一度生まれたワウリンカ優位のムードは変わりません。ゲームカウント6-5からの第12ゲーム、ワウリンカが放ったバックのダウンザラインに、錦織のフォアが長くなります。その瞬間、叫び、自らのこめかみを人差し指で叩き、両手を振って観客に歓声を煽るワウリンカ。

「今日勝つためには、第2セットを取らなくてはいけなかった……」

後に錦織が悔いたこのセットをワウリンカが取ったことで、試合の趨勢は決しました。

試合後の、会見室での一幕。多くの質問に的確に答えていくワウリンカに、記者の一人が会見席の机上のエビアンのボトルを指さして「それをどけてくれないかな? 君の顔が見えないんだ」といいます。すると彼はおどけた表情で「これ、どかしても大丈夫? テレビに映る場所に置いた方がいいの?」とそばに居た大会スタッフにたずねました。エビアンは、大会公式スポンサーの一つ。それを気遣っての発言です。スタッフが、好きにしていいよとジェスチャーで示すと、ワウリンカは「OK」と一度はボトルを動かすも、「いやいやダメだよ! エビアンは僕のスポンサーでもあるんだから!」と笑い、最も目立つ場所にドンと音を立てて置きました。一斉に、笑いに包まれる会見室。その声を浴びながら、ワウリンカは少し照れたような笑みを浮かべました。

ちなみに昨年の全仏優勝時には、彼が履くチェックのショーツが話題になりましたが、今大会では鮮やかなピンクのシャツがトレードマーク。早くも“ラッキー・チャーム”扱いになっています。

おっと、正しくはピンクではなく、スタン曰く「ラズベリーカラー」です。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日大会レポートやテニスの最新情報を発信中。雑誌『スマッシュ』は毎月21日発行

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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