Yahoo!ニュース

全米オープン:孤独なセンターコートから持ち帰った課題と経験――大坂なおみ、3回戦で涙の惜敗

内田暁フリーランスライター
(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

全米オープン3回戦 ●大坂なおみ 57 64 67(3) M・キーズ○

あれほどまでに「プレーしたい」と満面の笑みで熱望していたアーサー・アッシュ・スタジアムは、18歳の少女に様々な新しいことを……あまりに多くの未知の体験や心の痛みまでをも、深く植え付ける場となりました。

アメリカテニス界待望のトップ10プレーヤーであるマディソン・キーズと、テニス界の未来をも担う可能性を秘めた大坂なおみ――話題性豊かな顔合わせへの期待値は、この対戦がセンターコートの2試合目に組まれたことからも明確でした。

しかし注目の一戦は、意外なまでの静寂の中で始まりを迎えます。午後1時の試合開始時、2万5千人を収容する客席の大半は空席で、地元のスター選手を後押しする声援もそれほど多くはありません。アウェーの圧迫感がない代わりに、アーサー・アッシュ特有の高揚感もない……そのようなどこか冷めた空気の中で淡々と進んだ試合は、第1セットは第10ゲームをキーズが、第2セットでは第9ゲームを大坂がブレークし、セットを分け合い第3セットへと流れ込んでいきました。

勝敗が掛かったファイナルセットで機先を制したのは、トイレットブレークの間にシャツを濃紺から赤に着替えて挑んだ大坂です。第1ゲームでリターンからプレッシャーを掛けて押し込み、いきなりのブレークに成功。攻撃テニスを身上とする者同士の強打のぶつかり合いでは、一瞬の反応や判断の遅れがミスを生み、僅かばかりの恐れが、相手のウイナーを呼び込みます。そしてこの大舞台での一戦で、より多くの怯みを見せたのは、失う物の多い第8シードの方でした。第5ゲームでは30-40 でダブルフォールトを犯し、大坂にこのセット2つ目のブレークを献上します。続くゲームでは、大坂がフォアの強打や時速118マイルのサービスを連ねてゲームキープ。18歳は勝利を確信したかのように、左手を高々と掲げました。

この大坂のチャンス……即ち米国ナンバー2選手の危機に対し、当のキーズより先に大きく反応したのが、観客でした。いつのまにやらスタジアムの7~8割を埋めた地元ファンたちは、この段に到ってようやく事の重大さに気が付いたかのように、突如としてキーズを後押しし始めたのです。

屋根が開いた状態でも、スタジアム上空の4割程を覆うひさしが歓声と拍手をせき止めて、コート上へと押し戻す――。それら対戦相手の勝利を願う想いが圧しかかる中、大坂はゲームカウント5-2からのサービスゲームを、ダブルフォールトも絡め落とします。続くゲームでは、キーズがフォア/バック問わず次々とダウンザラインにウイナーを決めて簡単にキープ。

5-1のリードから、瞬く間にスコアは5-4に――。

それでもまだ状況的には、大坂の有利は間違いありません。しかし、大歓声が渦巻く巨大なすり鉢状のスタジアムの底で孤独に戦う18歳は、現状を冷静に把握するにはあまりに若く、したたかに勝利を狙うには経験が足りませんでした。

「5-2、5-3、5-4と追い上げられ、もう訳が分からなくなっちゃって……」

5-4からの第10ゲーム30-30の場面では、オープンコートに打ち込むはずのボレーが、大きくラインを超えていきます。泣き叫ぶように声をあげ、天を仰ぎ、目元を手で覆う大坂。

「どうしようもないボレーを打ってしまった……」

後に、大坂が最も悔いるボレーミスを機にこのゲームも失った時点で、実質的な勝敗は決したかもしれません。

タイブレークの末に勝利を手にした時、キーズは言葉にならぬ歓喜の叫び声をあげます。ラケットバッグを肩にかついだ大坂が足早に去った後のコートでは、勝者が「みんなのおかげよ! 本当にありがとう!!」と客席に感謝の言葉を述べていました。

ダブルスの試合を挟み、センターコートの敗戦から5時間ほどして会見室に現れた大坂は、開口一番「物凄く良い経験になった」と言いました。しかし同時に彼女は、敗因を「経験」の一言で済まそうとは決してしません。

「もっとポイントを取るパターンが私には必要。5-1とリードした時、自信を持って実行できるポイントパターンが。結局はこの試合を通じ、主導権を握っていたのは相手。私はボールを打ち返し、彼女が決めるかミスするかを見ているようなものだったから」。

あれほど立つことを熱望したアーサー・アッシュ・スタジアムは、やはりそこでしか感得することのできない何かを、彼女に与えてくれる場でもあったようです。

試合終盤に幾度も目元をぬぐった手には、既に克服すべき課題が握られていました。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日大会レポートやテニスの最新情報を発信中

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事