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土居美咲をトップ50に引き上げた米国人コーチの指導理念とは? 

内田暁フリーランスライター
ゴムチューブを使ったトレーニングに取り組む土居とコーチのザハルカ(右)

現在の日本女子テニスナンバー1選手、土居美咲――。

多くの関係者から高いポテンシャルを認められながらも、1年ほど前までの彼女は、常に100位前後のランキングに留まっていた。しかし昨年は最高峰のツアー大会に予選から挑戦し、トップ選手たちを剣が峰まで追い詰める名勝負を連発。そして10月にはついに、ルクセンブルグ大会でWTAツアー初優勝をその手につかむ。さらに今季も既に、WTAツアーで準優勝1回、準ツアー大会では頂点に到達。今もその成長速度を緩めることなく、世界ランキングトップ50入りも果たした。

国内の下部レベル大会に留まることなく、積極的に海外ツアーに挑んだ姿勢。

世界のトップ選手相手にも「勝てる」と信じた意識改革。

それら急成長の礎を築いた背景には、昨年4月から土居のコーチに就任した、クリス・ザハルカの存在もあった――。

そのようなコーチと土居の取り組みに関するストーリー記事を、4月21日発売のテニス専門誌『スマッシュ』に寄稿したのですが、ここではザハルカコーチへのインタビューの中から、記事に反映しきれなかった印象的な言葉を掲載します。

■「技術偏重」から、ショットの質向上重視への転換■

――まずはあなたの、コーチとしての経歴等を教えて頂けますか?

ザハルカ:テニスのツアーコーチ業は、もう20年ほどやっています。最初はヒッティングパートナーからスタートし、そのうちコーチを務めるようになりました。過去に指導した選手は、ナディア・ペトロワ(最高3位。ザハルカがコーチを務めた間にトップ10に定着)、バニア・キング(最高50位)、最近ではマリナ・エラコビッチ(最高39位)。そして昨年の春先には、クルム伊達公子のサブコーチも数大会務めました。

――元々は御自身も選手だったのですか?

ザハルカ:ジュニアでは、そこそこに良い選手でした。ただお金が掛かり過ぎるので、継続するのは難しかった。でも、もし選手として大成功していたら、コーチをやっていなかったかもしれません。未消化のテニスへの情熱が、僕をコーチにしたのだと思います。

――コーチ業のどのような点に魅力を感じていますか?

ザハルカ:勝敗だけでなく、そこに到るプロセスが好きなんですよ。特に、若い選手に正しい道を示し、同じゴールを目指すのが楽しいと感じたんです。

――土居選手に関しては、どのような印象を抱きましたか?

ザハルカ:美咲は物凄く才能がある。ただ、それを十分に生かし切れていないと感じていました。

これは美咲だけでなく日本人全体に感じることなのですが、非常にテクニックを重視します。やや、技術偏重だと感じるくらいに……。日本のテニス雑誌を見ても、それは良く分かりますよね。ショットの打ち方に関するレクチャーや、連続写真がとても多い(笑)。

美咲と練習をはじめた時、彼女は、非常に細かい技術面に心を砕いていました。もちろん、それは大切なことです。ただ、僕が彼女に何か新しい技術を教えたかというと、細かいアドバイスはしましたが、グリップを変えるなどの抜本的な変化はありません。彼女は既に、とても良いテクニックを持っていました。技術的なアドバイスは基本的に、安定感と確率を上げるためにしたものです。

しかしそのような技術面のアドバイスが、成功の秘訣ではありません。大切なのは、その時々で正しい決断を下すこと。対戦相手の弱点などに応じて、いくつかのポイントパターンを持っていること。そして、より重く、より強烈なショットを、繰り返し打てるようにすること。そのためには、コート上で何が出来て、何が出来ないかを理解することも重要です。誰にも限界はありますからね。

ザハルカがコーチとして就任した当初、土居は、彼から技術面の指導がほとんど無いことに、多少の戸惑いを覚えたという。代わりに繰り返し言われたのが「スイングスピードを上げろ」。自分のフルスイングに、どれほどのポテンシャルがあるのか……その限界値を探るかのように、練習ではショットがコートに入る・入らないを気にすることなく、全力で腕を振り抜きボールを何度も何度も繰り返し打ちこむことも求められた。「とても地道な練習が多い」と、土居はザハルカとの取り組みを表現する。

一方のコーチは、そのような練習を通じて「安定感」と「ショットの質の向上」を何よりも目指していた。

――コーチとして、土居選手をどのようなプレーヤーに育てていこうと思っていたのでしょう?

ザハルカ:最終的に目指すべき地点は、“いつでも出来るプレーで勝つようになること”です。それが、美咲の過去の問題点だったと思います。これまで彼女は、才能で勝ってきた。しかし、才能に頼ったプレーはハイリスクであり、そのような試合を毎日することは出来ないんです。重要なのは安定感、そしてショットの質そのものの向上です。例えば、ノバク・ジョコビッチ(男子の世界1位選手)が良い例です。彼はコート上で特別なことをする訳ではなく、常に出来るプレーで勝つ。そしてそこに到るまでに、彼は物凄く練習をしてきたはずです。

――この先、土居選手に必要なことは何でしょう?

ザハルカ:僕は、彼女はもっともっと上に行けると思います。ただ、この世界では何が起きるか分からない。強い相手に勝つこともあれば、勝てる試合で敗れることもあるでしょう。だから彼女には、「何より大切なのは、常に成長し、常に改善し続けることだ」と言っています。そして、プロフェッショナルであれと言い続けています。その結果、どこまで行けるのかを楽しみにしています。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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