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カタール・オープン初戦突破の日比野菜緒。カギは“シャラポワ戦で生じた歪み”の矯正

内田暁フリーランスライター

○日比野菜緒 63 67(5) 63 Y・シュベドワ

昨年10月のタシケントで“WTAツアー本戦2大会目にして優勝”という快挙を成し、今やWTAツアーが主戦場というシンデレラストーリーを描き上げた、日比野菜緒(世界60位)。今季は全豪オープンでグランドスラムデビューを果たし、現在開催中のカタール・オープンでは初戦を突破しプレミアレベル大会での初勝利を手にするなど、あらゆることが順調に運んでいるかに見えるシンデレラガールですが、試合後の彼女の顔に浮かんだのは、歓喜や感動よりもむしろ、安堵の色でした。

「(2週間前の)フェドカップ(国別対抗戦)の後から、試合運びがちょっと不安定なところがあって……」

真っ先に口をついたのは、反省の弁。その言葉通り、確かにこの日の日比野のプレーはアップダウンの激しい内容となりました。

先に主導権を手にしたのは、左右に展開する積極性を見せた日比野。対戦相手のシュベドワもドロップショットやネットに出るプレーで揺さぶりをかけますが、日比野は相手のポジションをしっかり見定め、的確なパッシングショットでポイントを重ねます。最後に再びブレークし突き放した第1セットは、会心の内容だったと言えるでしょう。

第2セットも、日比野が早々にブレークして3-0とリード。

ところが、そこから追いつかれたことで「感情的になって」しまい、精神面もプレーも不安定になったと省みます。自らのミスに声を上げ、際どいジャッジに対し抗議する場面も。サービスゲームをなかなかキープできず、第2セットはタイブレークの末に失いました。

第3セットも先に2度のブレークを重ね3-0とリードするも、ブレークバックを許し、さらには3-2からのサービスゲームでも0-40と3つのブレークポイントに直面。まるで第2セットを焼き直したかのような嫌な流れでしたが、相手のミスにも助けられ何とかこの窮地を凌ぐと、以降は再び落ち着きを取り戻したようです。最後はダメ押しとばかりに再度ブレークし、2時間13分の熱戦に終止符を打ちました。

■シャラポワ戦で刻まれた身体の記憶が、精神的な焦りの根源に■

勝利にも会心の笑顔とはいかなかったのは、精神的な乱れから、相手の追い上げを許してしまったため。乱れの理由は、スコアではリードしていても納得のプレーができないと、「なんで!?」と自身に苛立ちを向けてしまったからだと日比野は言います。そしてその苛立ちの根源にあったのは、今年の全豪でシャラポワと戦った経験……。

「シャラポワと対戦してから、ちょっとおかしくなっちゃって……。彼女はすごいボールを打つんだというのを感じ、あのクラスの選手と戦うには、自分から先にすごいボールを打たなくちゃいけないと思い始めてしまって、それが焦りにつながって」

全豪オープンの大舞台で「憧れ」のシャラポワと対戦したのは、彼女にとって、かけがえのない経験でした。しかしその時、シャラポワの強打と展開力に圧倒された“身体の記憶”が、それまで噛み合っていた心身の歯車を狂わせてしまったというのだから、テニスとは何とも繊細な競技です。そこに加えて、初めて出場したフェドカップで背負った日の丸の重みと、感じたかつてないプレッシャー……。一段飛ばしで階段を駆け上がったからこそ体験した急激な環境の変化もまた、彼女の内に歪みを生んだ要因でしょう。それだけに、歪みを「矯正」してつかんだ今回の勝利は、単なる1勝に留まらない意味を持つかもしれません。

その日比野が次の2回戦で対戦するのは、幸か不幸か、シャラポワ同様の強打と展開力を誇るガビネ・ムグルサ(世界5位)。

「チャレンジだと思うんです。今感じている『良いボールを打たなくちゃヤられる』という焦りを払拭すべく、自分のボールでも勝てるというのを感じられたら良いなと思っていて。我慢しつつ、積極的にも行きつつ……バランスを取ってやっていきたいなと思います」

「矯正」の後に、息つく間もなく訪れる新たな「チャレンジ」――。それもまた、急成長がもたらす試練であり、同時に、特権でもあるでしょう。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日、テニスの最新情報を掲載しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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