Yahoo!ニュース

全米オープン8日目現地リポート:日付を超えた死闘の先に――錦織圭、宿敵破りベスト8へ

内田暁フリーランスライター

錦織圭 46 76(4) 67(6) 75 64 M・ラオニッチ

この試合は、どこから話すのが良いのでしょうか? あまりに多くのことがありすぎて、取っ掛かりに困ってしまいます。

錦織圭にとってのアーサーアッシュスタジアムデビュー戦は、様々な意味において記録的なものとなりました。

ナイトセッションの2試合目に組まれた対ラオニッチ戦が終わったのは、深夜(早朝?)2時26分。これは大会史上、最も遅く終わった記録に並ぶものでした。

試合時間は4時間19分。これは今大会の、ここまでの最長試合です。

その間に35本のエースを決められ(最速は144マイルでした)、リターンで奪ったウイナーは7本。19本のブレークチャンスをつかむものの、そのうち14本は逃しました。それでも手にした5つのブレークは、相手を1つ上回るものです。総獲得ポイント数は、錦織181の、ラオニッチ175。日付を超えた死闘を終えた時、勝者としてコート中央に立っていたのは、錦織圭でした。

タイブレークの末に錦織が第3セットを落とした後、両者はトイレットブレークを取ります。5分程でラオニッチが戻ってきたのに対し、錦織がコートを離れていたのは、約13分間。帰ってきた錦織は、全身、真新しい真っ白なウェアに身を包んでいました。

「第3セットを落とした後、着替えて、気持ちをリフレッシュするのが一番難しかった」

そう錦織は、振り返ります。

第4セットの第1ゲームが終わった時、主審にトレーナーを要請する錦織。第3ゲームが終わった時点で患部の右足裏の治療を受けた時、どれほどの人が、彼の勝利を信じることができたでしょう? 試合が進むにつれて高まる「ケイ」コールは、小柄な手負いの挑戦者に対する、同情の混じったエールのように感じられました。

同時に、そのような劣勢に相反し、錦織のテニスの状態そのものが上向きなのは確かでした。サービスの威力が増し、ストロークにも明らかに伸びがあります。ただラオニッチのサービスの威力も、一向に衰える気配がありません。試合開始から3時間を超えてなお、サービス速度を示す掲示板に映し出される数字は138マイル。

足に不安を抱えた錦織は、果たしていつまで走り切れるのか? 

第4セットのゲームカウント3-2後のチェンジオーバーでは、うずめるようにタオルで顔を覆う錦織。この時彼は、何を思っていたでしょう。

その次のゲームで錦織は、2度のデュースの末にサービスゲームをキープ。このゲームで決めた鮮やかな2本のフォアのウイナーは、錦織のショットの精度がラオニッチを上回り、追撃を始めたことを物語ります。問題は、錦織の身体に残る体力でしょう。体力の残量を示す砂時計をひっくり返し、最後の砂粒が無くなる前に逃げる相手を捕えきれるか――試合時間が3時間半に迫るなか、勝負はそのような様相を呈してきました。

第4セットの均衡状態が突如揺らいだのは、5-5のラオニッチサーブ。

このゲーム最初のデュースが訪れた時、本日最大のKeiコールが、スタジアムに鳴り響きます。2度目のデュースを迎えた時には、今度は逆に、水を打ったような静けさがコートをすっぽり包み込む。

ニューヨークの夜が、こんなに静かになることがあり得るのだろうか? 

そう奇妙に感じるほどの静寂の中、錦織はフォアで、そしてバックで相手のサービスを捉え、2ポイント連取しブレークします。続くゲームを錦織が簡単にキープし第4セットを奪った時、不思議と、誰もが錦織の勝利を確信していたようでした。

試合終了から、約1時間後。拍手に迎えられ会見室の雛壇に座った勝者は、下の席に座る記者たちの興奮とは、対照的な空気をまとっています。

「なかなか喜べないですね。たぶん、決勝に行くまでは……」。

「勝てない相手は、もういない。上を向いて進んでいきたい」――第4セット終了時に覚えた勝利への確信は、彼のこの想いが、スタジアムにいる人びとに伝播したからなのだろう……そんなことを、ふと思いました。

※テニス専門誌『スマッシュ』facebookより転載。

この他にも、クルム伊達公子のダブルスベスト8のレポートも掲載。大会期間中は毎日レポートをアップします。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事