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新時代の幕開け – デンマーク王室の変革

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
デンマーク新国王とオーストラリア出身の王妃(写真:ロイター/アフロ)

2024年1月14日、デンマークで歴史的な瞬間が訪れた。

フレデリック10世が国王として即位し、デンマークは新たな時代の幕を開けたのだ。

900年近くぶりに、デンマークの君主が自発的に退位

2023年の大晦日の伝統的なスピーチでは、デンマークのマルグレーテ女王が、52年間の在位から退位し、息子のフレデリック王子に王位を譲ることを発表。突然の知らせは北欧諸国や世界を驚かせた。

愛されてきた女王

王妃が退位宣言に署名した直後。王位継承をしてその場を離れるマルグレーテ女王の後ろ姿は歴史的な一瞬として報道された。潔く退場する後ろ姿は、格好いい女性リーダーシップの象徴ともいえる
王妃が退位宣言に署名した直後。王位継承をしてその場を離れるマルグレーテ女王の後ろ姿は歴史的な一瞬として報道された。潔く退場する後ろ姿は、格好いい女性リーダーシップの象徴ともいえる写真:ロイター/アフロ

「国王が自らの意志で退位する」というデンマーク王室史上稀な出来事ともなった。高年齢と腰の不調をふまえて、「判断できるうちに責任を次世代に引き継ぐ」後ろ姿は国民により大きな感動を与えた。長年の奉仕は大いに讃えられ、マルグレーテ女王は今後も女王の称号を保持する。

新しい国王夫婦の高い支持率

デンマーク公共局DR発表の世論調査によると、79%がフレデリックが国王になることに賛成し、83%がメアリーが女王になることに賛成している。

「パーティープリンス」からの変貌

ユーロ2020ファンゾーンでサッカーの腕前を披露するフレデリック皇太子
ユーロ2020ファンゾーンでサッカーの腕前を披露するフレデリック皇太子写真:ロイター/アフロ

フレデリック皇太子は「スキャンダラスな王子さま」として国民からの人気は高くはなかった。

飲酒運転の疑惑をかけられ、次期国王の責任感が感じられない「パーティープリンス」としての過去から逃げることもできただろう。だが、挫折の苦しみから逃げずに、マラソンランナーとして困難な時期を乗り越える。国民が見守る中で完走する姿はターニングポイントとなり、それからも、馬術やテニスなど、様々なスポーツに取り組む姿を見せた。

しかも、王室の肩書では得ることのできないデンマークの特殊部隊で厳しい訓練を乗り越え、エリート軍人にもなる。「道に迷っていた」若者が、自己確立と自信を築き上げていく。挫折からの成長過程を見守ってきた国民は、大きな好感を抱くようになった。

そんな彼は「伝統的な王室のイメージを現代的に変革し、よりアクティブで身近な君主の姿を示すこととなるだろう」。そういう期待をデンマーク国民は抱いている。

国民との強い結びつき

国王として初めての演説でフレデリック10世は、「明日を見据える、結びつける王」として母からの「責任」を引き継ぐ姿勢を国民に見せた。

「平等」を重んじる北欧諸国では、王室といえど、偉そうにせずに、国民とは「近い距離」を保つことが求められる。新国王は挫折を乗り越えた過去、もともとスポーツへの参加や公の場での親しみやすさという定評があるため、国民との距離をさらに縮める効果を予感させずにはいられない存在だ。

デンマーク国民と王室との間に新たな結びつきを生み出すことができれば、他国の王室にも影響を与えることになるだろう。

国際的な視野と王妃の人気

アイデンティティの模索に苦しみ、孤独だった皇太子はメアリー王妃に出会い人生が一転。王族育ちではないが優雅なメアリー王妃は「デンマーク王室の宝となるだろう」と、とにかく人気が高い
アイデンティティの模索に苦しみ、孤独だった皇太子はメアリー王妃に出会い人生が一転。王族育ちではないが優雅なメアリー王妃は「デンマーク王室の宝となるだろう」と、とにかく人気が高い写真:ロイター/アフロ

メアリー王妃はオーストラリア出身で、2000年のシドニーオリンピック中にフレデリック皇太子と出会った。2人は2004年に結婚し、4人の子どもを持つことになる。

オーストラリア出身の女性との結婚は、デンマーク王室が国際的な視野を持つことも象徴している。デンマークや北欧が世界的にも更に開かれた地域としてのイメージを強化することも可能となるだろう。

メアリー王妃はデンマークの人々から広く愛されており、彼女の人気が国王の強みでもあるのだ。王室に多様性をこれからいかにもたらすかは王妃にかかっているともいえる。

家族間の確執と兄弟関係

父が女王である母の影であり続けたように、弟であるヨアキム王子(写真右)は長男フレデリック(左)の影であり続けた。その不満はデンマーク王室内で留まることなく、国内中の知るところでもあった
父が女王である母の影であり続けたように、弟であるヨアキム王子(写真右)は長男フレデリック(左)の影であり続けた。その不満はデンマーク王室内で留まることなく、国内中の知るところでもあった写真:ロイター/アフロ

北欧王室の中で、「スキャンダルの宝庫」といえば、天使と交信するノルウェーのルイーセ王女と「私の半分は爬虫類」発言をする婚約者の霊媒師だが、次のスキャンダル発信地はデンマーク王室の家族関係だ。

マルグレーテ女王はキャリアを成功させたが、夫婦関係はうまくいかなかった。2018年に死去した夫ヘンリック殿下は「死後は女王と並んだ墓に埋葬しないでほしい」と意思を示していたほど、その不仲は世界中に知られていた。「王」の称号が与えられなかったことで、「格下の立場に追いやられている」という父の不満は、息子であるフレデリック国王の弟ヨアキムにも共通していた。

母親である女王の「近代化計画の一環」として、弟ヨアヒム王子とその家族は王室の主要な活動から遠ざけられた。ヨアヒム王子は、子どもたちの称号剥奪の決定に対して、憤りと深い傷を感じていることを現地メディアに暴露する。女王が家族内のいざこざのコントロールができていない様子は人々を驚かせた。

フレデリック皇太子が国王になると、その弟であるヨアキム王子の立場は大きく変わる可能性がある。弟は兄にとって重要なアドバイスを提供できる数少ない人物の一人であるからだ。家族関係のさらなる悪化は誰も望んでいないだろう。

若者とのつながりと未来の国王

18歳になったばかりの時期国王、クリスチャン王子
18歳になったばかりの時期国王、クリスチャン王子写真:REX/アフロ

「若い世代の王」として、フレデリック10世は若者との対話を重視するとみられる。若者とのつながり強化という点で、両親よりも大きな期待を背負うのは、次期国王となるクリスチャン王子だ。昨年に18歳になったことで、今後はメディアによる私生活や公式行事での不意を突かれた写真も出てくるだろう。

公式行事やメディアの注目を受けつつ成長しており、王子の成長を国民は見守っている。今後はいかに「自分自身を表現する方法を見つけていくのか」が評価されることになるだろう。若い世代と王室をつなぎ、新しい風を王室にいずれ巻き起こす将来性は、デンマーク国民の希望ともいえる。

革新的なリーダーシップを発揮するか

デンマーク新国王の即位を祝う国民。メアリー王妃の出身国オーストラリアの国旗を掲げる人も
デンマーク新国王の即位を祝う国民。メアリー王妃の出身国オーストラリアの国旗を掲げる人も写真:ロイター/アフロ

将来的には、新国王夫妻が王室をどのように運営するかが、国民の支持に影響を与えることになる。国王や王子が環境問題や平等などの現代的な問題に、王室としてどのような影響をおよぼしていくのか。国王は「スポーツに関心がない国民」からいかに支持を得ていくのか。国の文化や芸術の発展にどのように貢献していくのか。

総じて、フレデリック10世の即位はデンマーク王室に新しい息吹をもたらし、デンマークや北欧全体にポジティブな変化をもたらす可能性が高いと言えるだろう。新しい世代のリーダーとして、革新的なリーダーシップを発揮するかもという期待に、彼らはどう応えていくだろうか。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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