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ノルウェー先住民と風力発電所側で合意へ「問題が解決したわけではない」「政府は反抗期の子どものようだ」

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
省庁封鎖、国会内座り込みなど、数々の違法行為で抗議した若者たち 筆者撮影

18日、思わぬニュースがノルウェーを駆け巡った。ノルウェーの先住民サーミ人とノルウェー政府/風力発電所側との間の調停が合意に至ったというのだ。

両者の合意によって、トナカイ放牧の継続は保証され、経営上の不利益が緩和され、この地域の先住民には将来の文化的実践の基盤が提供されることになる。

ただし、今回合意に至ったのはフォーセン「南部」のトナカイ放牧者たちであり、「北部」のトナカイ放牧者との間はまだ調停中だ。つまり、南部のトナカイ放牧者たちの人権は「まだ侵害中」であり、今後もまた大規模な抗議活動が再開される可能性がある。

そもそも、この「調停」というのは本来裁判所が判決を下した後に行われるものではないので、調停交渉が実行中だったことが異例であり、ノルウェー政府側の対応が遅れていたことを意味する。

合意内容

  • トナカイ放牧地区の外にある冬期放牧用の追加エリアを利用できるようにする
  • 25年間の契約期間中は風力発電所の運転を継続することが許可されるが、その後はトナカイ放牧者側が拒否権を有する
  • 風力発電所側はトナカイ飼育に多大な財政貢献をする
  • ライセンス期間中、風力発電所側はトナカイ放牧者に、経過した期間も含めて毎年700万ノルウェークローネの保証額を支払う

つまり、25年後、風力発電所側は運転免許の延長や更新を申請することができない可能性が残る。

サーミ議会や抗議活動者たちは、重要なのは「当事者であるトナカイ放牧者たちが交渉の末に満足する解決地点を見出すこと」と考えているため、「彼らがそう満足して合意したのならよい」という姿勢をみせている。

違法で設置されていた風車を、これから25年間も稼働を許可したというのは、先住民側が随分と寛大に条件をのんだと考えられる。風車はそもそも撤去することが希望されていた。

「ノルウェー政府は反抗期の子どものようだ」「交渉の場でパワーバランスはすでに歪んでいる」

抗議活動をしたサーミの若い世代の代表の一人でもあるエッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさんはVG紙にこう寄稿した。

アーティスト、人権活動家でもあるサーミ人のイーサクセンさん(右から2人目)、写真は王宮前の座り込み中の様子 筆者撮影
アーティスト、人権活動家でもあるサーミ人のイーサクセンさん(右から2人目)、写真は王宮前の座り込み中の様子 筆者撮影

今年、サーミの若者たちは、街頭で声を上げ、権力者に挑戦するという、ノルウェーが過去何十年も経験したことのないような権利運動を起こしました。

被害を受けた地区のひとつに住むトナカイ放牧者たちは、国との20年にわたる闘いに終止符を打つことができましたが、北部の放牧者は今も膠着(こうちゃく)状態にあり、闘いは全面的に続いています。

国がフォーセンのサーミ人の人権を侵害したと認定されてから800日が経過しましたが、それ以来、国は毎日、反抗期の子どものように振る舞っています。自分たちの思い通りにならないと、サーミ人を追い出し、脅しをかけるのです。

サーミ議会、ノルウェー人権研究所、ノルウェー裁判官協会、その他の大人たちは、国に行動を起こすよう忠告し、非常に不本意ながら国は最終的に謝罪せざるを得ませんでした。

トナカイ放牧民は、開発業者との調停プロセスに圧力をかけられたと感じ、新たな調査とそれに続く裁判手続きを伴う新たな行政決定の脅威にさらされ、テーブルに着かざるを得なかったと明言しています。

交渉のテーブルにおけるパワーバランスは最初から歪んでおり、石油エネルギー省はメディアに対し、「調停の結果が風車の取り壊しにつながることは決してない」と強弁しています。

国の重大な過ちとフォーセン事件の稚拙な処理は、ノルウェーの国際的評判を低下させ、サーミのコミュニティを深い信頼の危機に陥れました。

私はこの一年で、永遠に変わりました。政府の裏切りによって、そして何よりもこの運動の強さによって。

声を上げ、拳を振り上げ、抗議活動に参加した一人ひとりに深く感動しています。
私たちはこの強さを新年も持ち続け、北部のトナカイ放牧者のために闘い続けます。この反抗的な政府を成長させることができるとすれば、それは私たちなのですから。

VG:Fosen-saken er langt fra løst エッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさん寄稿文、彼女のインスタグラムにも同様の文が掲載

現代のグリーンコロニアリズム

ノルウェー政府はフォーセン地域に風力発電所の建設を許可したが、そこでは先住民サーミ人のトナカイ放牧地でもあった。風車や道路が建設されたことでトナカイが怖がり、「先住民の伝統的な生業」が困難になったとして、ノルウェー最高裁判所はすでに「政府は人権違反をしている」と判決を下した。

しかし、「風車をどうするべきか」までは最高裁は進言しなかったために、政府は「対話で解決したい」と風車の稼働を止めることはなく、何も進展がないまま最高裁の判決から2年以上が経過した。今年はサーミ人やノルウェーの若者たちが「違法行為をしているのは政府」「まだ先住民からアイデンティティを奪おうというのか」と数回の抗議活動が行われていた。

スウェーデンからは活動家グレタ・トゥンベリさんも駆け付けて抗議活動に参加。グレタさんの参戦によって、国際メディアの注目が集まり、この問題が世界的に知られることになった 筆者撮影
スウェーデンからは活動家グレタ・トゥンベリさんも駆け付けて抗議活動に参加。グレタさんの参戦によって、国際メディアの注目が集まり、この問題が世界的に知られることになった 筆者撮影

これは「再生可能エネルギーに賛成・反対か」という議論ではなく「先住民の人権」に関する問題だということを念頭に置いて考える必要があるテーマだ。

先住民はそもそも自然破壊に反対する人々である。入植者であるノルウェー人が「グリーンシフトに貢献する気がないのか」と、人権を無視して、先住民に対する抑圧を続け、風車建設を無理やり推し進めることは、現代の「グリーンコロニアリズム」(緑の植民地主義)の典型例だ。

多くの人にショックを与えた出来事

イーサクセンさんが「私はこの一年で、永遠に変わりました」と記したように、取材をしている筆者もこの件からは大きな影響を受け続けていた。日本の読者からも「先住民の人たちのことが気になります」と連絡が絶えることがなかった。

先住民とノルウェーの若者たちの抗議するパワーに驚いた人も多かっただだろう。サーミの若者たちは最終的には国王と面会し、数々のメディアや団体によって「今年、影響を与えた市民」などに表彰されている。

この件はまだ解決したわけではない。来年も取材を続けていく。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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