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「トランプに買われるべきだった」「アジア人に見える」デンマーク勉強中に先住民イヌイットが浴びる差別

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
「グリーンランド人にしてはきれいだね」偏見と差別の日常とは(写真:アフロ)

デンマーク人権研究所が9月に発表した報告書では、デンマークにおけるグリーンランド人学生の学生生活体験が偏見と排除とは切り離せない現実を明らかにした。

グリーンランドの人口は約5万6千人、うち89%がグリーンランド系イヌイット人となる。

グリーンランドの若者の多くは、グリーンランドで小中学校・高校を卒業した後、デンマークに進学する。グリーンランドではグリーンランド語が話されており、デンマークで勉強中は文献などを読み書きできる「アカデミックなデンマーク語」能力が必要とされる。

「Q’s Greenland」という名前でSNSでグリーンランド情報を広めるインフルエンサーのQupanuk Olsenさんも、自身の投稿で「『あなたには価値がない』『アルコール依存症』『グリーンランド人はデンマーク人よりもバカ』など、デンマークでは差別された」と語っている。

別記事「先住民イヌイットが語る、デンマーク領グリーンランドで進行中の植民地主義」でも「デンマークでこれから勉強する妹のことが心配で泣いた」というエピソードが紹介されている。

デンマーク就学期間中に生じる課題は報告書でこのように報告されている。

  • グリーンランド出身であることを理由に、偏見を受けたり、仲間や講師からひどい扱いを受けたり、軽蔑的な発言や差別を受けたと回答した学生ほど、日々のストレスや疎外感など、幸福感が低い
  • 学習コミュニティにおける社会的統合の低さが、日々のストレスや排除感、幸福感やウェルビーイングと関連している
  • 学力や言葉の壁、偏見、汚名、排除が若者の進路の妨げになっている可能性
  • グリーンランド人であることは「グリーンランド人の飲酒、乱用、社会問題、グリーンランド人の原始的な生活様式」といった古典的なステレオタイプと結びつけられていることが多い。一般的に「真の北極圏」と「社会的に不利な立場にある人」という2つの認識がある一方で、「グリーンランド人が十分に機能している」というイメージは存在しない
  • 過去12ヶ月の間に、3%がグリーンランド人というグループやグリーンランドについて否定的なコメントを受けた経験がある
  • 18%の学生が自分の話し方について、15%の学生が外見について、17%の学生がユーモアについて指摘を受けたことがある
  • グリーンランド人学生の17%が、「グリーンランド人であることを理由に、仲間から不利な扱いを受けたことがある」、13%が「講師から不利な扱いを受けたことがある」
  • 調査に参加した学生のうち、PTSD、不安障害、うつ病、双極性障害、ADHD/ADD、自閉症、またはそれに類する精神障害に罹患していると回答した人の割合が高い(33%)

デンマーク人はグリーンランド人のことをほとんど知らない

デンマークの若者の現代グリーンランドに関する知識の評価を尋ねたところ、大多数(82%)がデンマークの若者は「ほとんど知らない」か「ほとんど知らない」と回答した。

「グリーンランド人はデンマークについてよく知っている」が、「デンマーク人はグリーンランドについてほとんど知らない」という不平等な関係が助長されている。

「他の57,000人のグリーンランド人の代表のように感じることに疲れました」

報告書より

デンマークで「いないものとされる」体験

27%が「無視されたり、排除されたりした経験がある」と回答した。

「私がグリーンランドから来たというだけで、仲間の学生たちはあまり近寄りたがらなかったり、どう話せばいいかわからなかったりすると感じたことが何度かあります」

グリーンランドの学生の3分の1以上(37%)が、「アルコール文化が好きではない」「居心地が悪い」などの理由で、留学先での社会的なイベントやコミュニティにほとんど参加しないか、まったく参加しないと答えている。

グリーンランドとデンマークで異なる教育

言語の障壁を経験した学生の32%が、「自分は排除されている」と感じていることもわかった。

「グリーンランドではトップクラスの成績でしたが、デンマークでは低い成績でした。もちろん、これには非常に混乱し、私は学生としての自分の能力を疑い始めました」

「私が成績が良いことを、まるで例外であるかのように疑われることがよくあります。私の学力や語学力の高さを説明するようよく求められます」

  • 「グループワークが多く、ペースが速い」など、「教育文化がグリーンランドで慣れているものとは違う」「教え方がデンマーク社会に基づいている」
  • グリーンランド人の学生は、グリーンランドで育ち、学校で学んだため、デンマークの学生とは異なる経験や知識を持っている。そのため、授業がデンマークの文脈に基づいていると、不利に感じることがある
  • アカデミック・デンマーク語は、ゼロから学ばなければならないまったく別の言語のように感じられる

「ここは私の居場所ではない」という疎外感

23歳のKajaは、大学で学んでいるプログラムのコミュニティに属していません。仲間たちの飲酒習慣や偏見、「自分が間違っている」という思いが、彼女を引きこもらせているのです。

「勉強会では、発言することに緊張し、間違ったことを言ってしまうことがよくありました。グリーンランドでは、人々はまず人に話をさせる傾向があり、私たちは一般的に静かで控えめです。デンマークでは、人々は大きな声で、お互いの上に立って話し、多くのことを話し合っています。私のようにグリーンランドの小さなところから来ると、争いごとを避け、内気な性格になります」

「大学では、グリーンランド人の学生や私たちが背負っている荷物が考慮されているとは感じませんでした。講師たちは、難しいトピックについて話す時間をあまりに少なく割り当てました。このようなトピックについて読んだり話したりすると、非常に強い感情がかき立てられるということを、彼らはまったく理解していませんでした。私たちはしばしばトラウマを植えつけられるのです。グリーンランドやグリーンランド人に対する無知を体験し、多くの社会的コミュニティから引きこもるようになりました」

「グリーンランド人であることを理由にグループワークから排除される。みんながすぐにクラスを見つけて、私だけが残ってしまい、グループの一員になりたいかどうかさえ聞かれない」

「冗談」というマイクロアグレッション

過去1年間に、自分の外見やユーモア、話し方について、個人的に不快なコメントや攻撃的なコメントを受けたことがある人もかなりいる。多くの人が「コメントはしばしば褒め言葉として偽装されているが、グリーンランド人というグループに対する否定的な期待を反映しているため、否定的に感じる」と報告した。

27歳のIvaluさんは、大学ではいつも「グリーンランド人のジョーク」や「家族がアルコール中毒」という誤解を受けることを覚悟しています。学校や教育を通じて、彼女は「グリーンランド人はみなアルコール中毒か性犯罪者だ」という信念に基づくコメントや「グリーンランドジョーク」を経験してきました

「偏見は、植民地時代と脱植民地化の遺物だと思います。当時、私たちに描かれたイメージはまだ残っています」

よく言われる一例

  • 「トランプがお前を買うべきだった」
  • 「アジア人に見えるね」
  • 「グリーンランドではペットを飼っているの?犬ぞりの犬が人を食べるというのは本当?」
  • 「両親もアルコール依存症なの?」
  • 「グリーンランド人にしてはきれいだね」
  • 「全然グリーンランド人に見えない」
  • 「デンマーク語が上手だね」

デンマークのグリーンランド人は、先住民族に関するILO条約によって特別な保護を享受しているが、報告書ではまだまだ課題があることが改めて明らかとなった。

報告書では、解決策として、「子ども・教育省は、グリーンランドの現代的状況についてより多くの知識を確保するために、デンマーク領に関する具体的な学習目標を明確にすること」「政府は、デンマークにおけるグリーンランド人の平等待遇のための国家の努力の調整を保証できる政府機関を設立すること」などが提言されている。

北欧の不平等、先住民は福祉制度を享受できていない

グリーンランドの人が受ける差別体験は、ロシア・フィンランド・スウェーデン・ノルウェーの先住民サーミ人の体験と共通点が多いと筆者は感じた。グリーンランドでは大学教育が受けれないように、サーミ人は親や友人と暮らしてきた故郷を離れ、大学教育を受けるために都市などに引っ越さなければいけない。家族や親族関係を大事にする先住民の若者にとっては、これだけでも精神的負担が大きい。「引っ越した先」では「差別が待っている」という不安もまたメンタルヘルスを悪化させる。

北欧ではメンタルヘルス対策は進んでいるほうだとは感じるが、先住民という背景を持つ若者の心情を理解できる医療従事者は少なく、カウンセリングなどの医療サポートを先住民は同じレベルでは満足に利用することもできない。

このように、「実家がある場所で高等教育を受けることができない」「先住民が抱える問題を理解できる医療従事者が少ない」ことなどから、「先住民は北欧の福祉制度を平等に利用できていない」と指摘されている。

北欧の福祉制度といえば教育制度や医療制度が代表されるが、先住民背景を持つ人々をみると、「平等に民に配分されているわけではない」ことがわかる。

また北欧の中でも冗談とは思えないような「ブラック・ジョーク」を言うのは圧倒的にデンマーク人だと筆者は個人的に感じている。国の教育不足による無知で、支配者だった側から独特のユーモアを若い頃に浴び続ける。つらい体験に「ちがいない」と、筆者は想像力を働かせることしかできないが、「〇〇人に見えない」「日本語が上手だね」は褒めたつもりで日本人も言ってしまいがちだ。植民地という力学は異なれど、対岸の火事とは思わず、自分の一言が相手を傷つけていないかの注意は常にしなければとも感じた。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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