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5週間、ノルウェー国会前に座り込み野宿をした22歳の先住民が退去

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
国会前広場で寝泊まりを続けたサーミ人のミフカルさん 筆者撮影

「私が座り込みを開始したのはノルウェー統一地方選挙の開票日だった9月11日でした。座り込みを初めて5週間になります。この1ヶ月間、応援してくれた皆さんにとても感謝しています」

先住民サーミ人であるミフカル・ハエッタ(Mihkkal Hætta)さん (22)は、ノルウェー政府がサーミの人権を侵害して2年目に突入したことを抗議するために、北極圏の故郷から首都オスロの国会広場前に「引っ越し」をした。

北欧では市民による抗議活動は普通なために、国会前では毎日のように誰かがデモをしている。しかし、国会広場前に大きなラヴヴォを設置して、動くことを拒否して生活を始める人を見たのは筆者も初めてだった。

「政府は法を破っている」とメッセージが書かれたラヴヴォ 筆者撮影
「政府は法を破っている」とメッセージが書かれたラヴヴォ 筆者撮影

サーミ人の移動型住居ラヴヴォを建てて、ミフカルさんひとりで始めた活動だった。すぐに彼を応援しようと仲間のサーミ人やノルウェー市民が動き出し、雨風をしのげるようなラヴヴォに強化した。週末や夜中には酔っ払いなどがちょっかいを出してくるため、常に数人がラヴヴォの前で座り込み・警備をして、ミフカルさんのプライバシーができるだけ守られるように配慮していた。

ミフカルさんの帽子には「カウトケイノ寄宿学校 1906-1999」とある。祖父は政府に「同化政策」の被害にあったひとりだ。この期間に北極圏にある寄宿学校でノルウェー語を話すことを禁止された 筆撮影
ミフカルさんの帽子には「カウトケイノ寄宿学校 1906-1999」とある。祖父は政府に「同化政策」の被害にあったひとりだ。この期間に北極圏にある寄宿学校でノルウェー語を話すことを禁止された 筆撮影

「みんなに体調を聞かれるたびに『元気だ』と答えてきたけれど、今は認めます。私は本当に疲れています。私の声にも疲れがにじみ出ているかもしれません。この期間の間、国会にも3回行きました」

ミフカルさんとサーミ人の若者たちは国会内広間でも座り込みをし、サーミ独特の歌唱法「ヨイク」を歌いながら、警察に担いで運び出されるまで動くことを拒否した。

「この1ヶ月間、不快なこともありました。例えば、サーミ人にとっては貴重で高価なとても大切なベルトを盗まれたこと。私の家には見知らぬ人たちがたくさん訪問してきていて、思ってもみなかったような質問をされたりしました」

ミフカルさんは『モネジャー』(ママとマネージャーを兼ねた言葉)になってくれた二人のサーミ人女性には感謝してるとも答えた。

「故郷が恋しくてたまりません。だから最後に支えてくれたたくさんの人々にありがとうと感謝の気持ちを伝えたいと思います。私は明日引っ越します」と10月14日に話した。

大規模な抗議期間中は仲間たちもラヴヴォを立てた。国会前にはいくつものラヴヴォが立ち、市民と先住民が「違法」で寝泊まりするという異例の光景となる 筆者撮影
大規模な抗議期間中は仲間たちもラヴヴォを立てた。国会前にはいくつものラヴヴォが立ち、市民と先住民が「違法」で寝泊まりするという異例の光景となる 筆者撮影

数日間にわたるサーミ人とノルウェー市民による抗議活動で、政府側は態度を変えなかったが、国王と王大使が彼らとの謁見を許可し、声を聞いた。サーミ人と特別な歴史をもつ国王が謝罪と同情という、政府とは反対の「人らしい対応」をしてくれた国王に彼らは感謝に、抗議活動を続ける新たなエネルギーをもらったと発言している。

今は国会前にはミフカルさんのラヴヴォはないが、異例のアクティビティはメディアの注目も集め、仲間たちの連帯の力もさらに強めたようだった。

国王と謁見するミフカルさん 王室提供写真:Simen Løvberg Sund, Det kongelige hoff
国王と謁見するミフカルさん 王室提供写真:Simen Løvberg Sund, Det kongelige hoff

抗議最終日、ミフカルさんのラヴヴォ周囲には他のラヴヴォやたくさんの支援者が集まっていた。彼の行動は「孤独」ではなかった 筆者撮影
抗議最終日、ミフカルさんのラヴヴォ周囲には他のラヴヴォやたくさんの支援者が集まっていた。彼の行動は「孤独」ではなかった 筆者撮影

実際に「引っ越し」しているので住民登録も完了。「国会前広場」では登録できないために、近くのオフィス住所で転居登録。郵便ボックスも付けられ、応援する市民が直接手紙を投函していた 筆者撮影
実際に「引っ越し」しているので住民登録も完了。「国会前広場」では登録できないために、近くのオフィス住所で転居登録。郵便ボックスも付けられ、応援する市民が直接手紙を投函していた 筆者撮影

最終日に支援者にお礼を述べるミフカルさん 筆者撮影
最終日に支援者にお礼を述べるミフカルさん 筆者撮影

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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