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「グレタ世代は死んだ」グレタを笑う保守派の若い男性たち

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ノルウェー首都オスロでの抗議活動に参加するグレタさん 筆者撮影

「グレタ世代は死んだ」

9月に開催されたノルウェー統一選挙中、「保守党」青年部の代表の一言は瞬く間にSNSで拡散し、現地メディアでも数日間大きな話題となった。

高校生を対象とした模擬選挙「学校選挙」の結果は、これから有権者になる若者の思想を反映するとして、ノルウェーでは注目を浴びる。今年の模擬選挙は極右「進歩党」と中道右派「保守党」の青年部が若者から圧倒的に高い支持率を得た。

  • 「進歩党」 19.5%(前回よりプラス11.4%)
  • 「保守党」21.9%(プラス8.9%)
  • 「緑の環境党」3.8%(マイナス7.1%)
  • 「労働党」17%(マイナス9.5%)

ノルウェーの学校選挙は1989年から続く長い伝統を持ち、結果は未来の行く末を象徴するものとして、その結果を大人たちは真剣に受け止める。これまでストーレ首相が率いる中道左派「労働党」の青年部は定番の勝ち組だったが、今年は右派陣営が大きく支持率を挙げた。若い支持者が多いはずの「緑の環境党」も数字を落とした。

その結果を得て、喜びを隠せなかった保守党の青年部の男性、オーラ・スベンネビー代表。「グレタ世代は死んだ」と報道陣の生放送で「口を滑らせた」。ポピュリスト的な発言であり、極右「進歩党」の青年部なら言いそうだが、まさか「保守党」の青年部の発言とあり、多くの人の感情に火をつけることになった。

保守党青年部が自分たちは「アンチ気候政党」としてプロファイリングしていることは何よりもまず恐ろしい。彼の発言はあまりにも小心者だ。ともに解決策を見出すべき時に、議論を分断させるポピュリスト的な動きだ。気候問題を解決しようとする国際的な動きに対して保守党の青年部は敵を増やそうとしている

ノルウェー最大の環境青年団体 自然と青年団体ギルベール代表

グレタ世代は死んではいない。私の認識では多くの人がこの異常気象の夏を心配している

左派社会党青年部 スニ―エン代表

SNSで一気に話題となったこの一言は、全く収まりがつかなかった。

保守党の党首であるソールバルグ元首相や党の仲間たちからは「グレタ・トゥーンベリは気候運動と同義語ではない」「彼の言いたかったこともわかる」とかばう声もあがった。

この発言が極右政党「進歩党」からであったら、何も驚きではない。しかし、首相をだす中道右派のリーダーである「保守党」の青年部から出たことが人々を驚かせたのだ。「思っていたとしても、言わないだろう」というものを言ってしまったのだ。「気候政策に乗り気ではない」「気候問題を心配している若者をあざけわらう」ようなイメージを保守党は持ちたくはない。

発言をした本人はすぐさま謝罪をすることになる。「今回は言い方もタイミングも悪かった。その点については自分でも反省している。加えてメッセージが多くの人にとって明確でもなく、ニュアンスも十分ではありませんでした」

しかし、謝罪はしてもこの発言は今でも議論の場やSNSで引用されるエピソードとなってしまった。その後も、「グレタ世代は死んだのか?」「私もかつては気候に関心があったけれど、もう落胆しかない」など、気候問題と若者を巡っての議論は絶えなかった。

その約1か月後、グレタさん本人がノルウェーにやってきた。先住民サーミ人の人権をめぐる抗議活動を応援するためだ。グレタさんが来るとなると、ノルウェーの報道陣が一気に押し寄せ、やはりこの発言が話題となった。

「『グレタ世代は死んだ』とノルウェー保守党が発言しましたが、どう思いますか?」はグレタさんが最も受けた質問のひとつだろう。

彼女はこのことを知らなかったのか、鼻で笑い、「そもそも『グレタ世代』の定義がわからない」と即答。トランプ前大統領にいじられても軽くかわしてきた彼女なので、気にするに値しない出来事だ。

しかし、この発言はこれからもノルウェーで何度も話題にあがるだろう。それほど政党の「青年部」や「学校選挙」はノルウェーでは影響が大きく、気候問題と若者のテーマは関心が高いのだ。

保守党の青年部と同じく、極右「進歩党」も学校選挙では快挙を挙げた。この理由は明白で、両党共にSNSの「TikTok」を以前から使いこなしていたことが大きい。これは北欧各国の極右政党に共通する現象でもあり、TikTokで早い段階で若い世代の心を掴んでいる。中道左派ほど中国を懸念してTikTokを使うことをためらっているのだ。青年部がTikTokを「もっと使いたい」と考えていても、母党がためらっているケースも多い。

もうひとつ勝因は「進歩党」青年部の代表のカリスマ性にもある。シーメン・ヴェッレ代表は22歳で、ブロンドの長髪ポニーテールが特徴的な若い男性だ。圧倒的なカリスマ性を持ち、トランプ的なポピュリスト発言、他者をバカにするような言動をTikTokで繰り返している。その彼に魅了される若者がいることも事実であり、数年前に彼が道端にいる時に、彼を取り囲む若者たちを見たのだが、まるで「熱狂的な支持者」のようだった。

今週グレタさんがオスロに来るにあたり、ヴェッレ代表はここぞとばかりに「もうスウェーデンに帰ったらいいんじゃないですかね」「世界を滅ぼすのは共産主義と資本主義のどちらかで議論したら、どっちが勝つかなんて明白だけどね」とあざけわらう投稿を続けている。

筆者は記事では気候活動やアクティビズムに熱心な若者を紹介することが多いが、保守党や進歩党の青年部の代表のように、グレタさんのような現象を「嘲笑する保守派の若者」がいるのもノルウェーである。青年部の代表が「女性」のときよりも「男性」のほうがトランプ的な傾向が強い。

若者が今いるSNSはTikTokだ。そこで更新をするのが右派を背負う若者たちだけならば、未来の選挙結果は分断を仰ぐポピュリスト議員ばかりになるだろう。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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