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北欧の働き方 メンタルヘルスの境界線について話そう

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
投資家や起業家がセラピーを受ける必要性がデンマークで話し合われた(提供:イメージマート)

ノルウェーに筆者が移住して「助かっている」と心底感じているのは、メンタルヘルスに対する社会の理解だ。「幸福な国々」と言われている北欧だが、そんな幸福な国で私はメンタルヘルスが崩壊したことがある。その時に、医者に行くように強く勧めて、ずっとサポートしてくれたのはノルウェーの友人たちだった。彼女たちも私も、今もメンタルヘルスを崩してカウンセリングを受けることもある。こんなにも複雑な現代社会に住んでいるのだから、時に心の調子がおかしくなることだってあるのだ。

デンマークのイノベーションとスタートアップの祭典TechBBQの素晴らしいところは、起業業界におけるジェンダー平等、ダイバーシティ、メンタルヘルスに関するセッションがいくつもあるところだ。単に「企業の成長や数字」、「成功と失敗」だけではなく、「インクルーシブで多様性のある業界であろう」に加えて、「起業家や投資家だって、心身を崩すこともあるよね!」という空間をつくっていることに、筆者は拍手を送りたい。TechBBQには投資家のウェルビーイングを守ろうというプロジェクトもあり、さらにナイスだ。「強くあれ」「体調管理もプロの仕事」ということを押し付けないのがとてもいい。

投資家と起業家の出会いの場となっているTechBBQ 筆者撮影
投資家と起業家の出会いの場となっているTechBBQ 筆者撮影

パーソナライズされたメンタルヘルスサポートを再定義するスウェーデンのフェムテック企業Meela。その女性創業者と投資家によるパネルディスカッションは、「投資家と創業者のメンタルヘルス」という「ないものにされている」テーマに深く切り込んだ。

ティファニーさん(Tiffany Boswell)はメンタルヘルス・テック企業Meelaの共同設立者であり、女性のメンタルヘルスのためにより良い未来を築くことを使命としている。2022年、彼女はDI Digitalの「今年の女性創業者」に選出され、いくつかの賞を受賞し、世界で最も評判の高い投資家たちからベンチャーキャピタルを獲得した。

マリンさん(Malin Frithiofsson)は、フェムテック・サポーター、スタートアップ・マニア、エンジェル投資家だ。テクノロジーを活用して女性の生活を向上させるDayベンチャーズの共同設立者兼CEOでもある。

投資家マリンさん(左)と創業者のティファニーさん 筆者撮影
投資家マリンさん(左)と創業者のティファニーさん 筆者撮影

ティファニーさんはこの日は一人で登壇する予定だったが、緊張が高まり、投資家のマリンさんに相談をした。すると、マリンさんは「じゃあ、私も一緒に舞台にあがるわ!」と駆け付けたそうだ。このような「創業者が投資家に『ちょっとした悩み』も打ち明けられる関係」がこの業界ではもっと必要だ、とふたりは考えている。

投資家が育むことができる創業者の成長

このような投資家と創業者の関係性は珍しい。投資家が創業者に確認するのは数字ばかりだ。創業者が精神的な問題を抱えている場合、最も連絡を取りたがらない相手は投資家だ。

「投資家がそもそも『非可視化された』存在であることは、おかしい。投資家はスタートアップにも密接に関わり、創業者は『小さなもやもや』も投資家に話せていいはずだ」と二人は考えている。

ティファニーさん「投資家はこのような会話のスペースの確保の方法がわからないのです。ある創業者の話ですが、彼女が苦しんでいた時に、投資家が言った唯一の解決策は『新しいCEOを雇う必要があるか』ということでした。これだと『物事が順調のとき・不調のとき・もしくは全てが最悪な時だけ話そう』というメッセージを送ってしまいます。『ヒエラルキーがもしかしたら解体される』恐怖を一部の投資家は持っていて、『創業者が燃え尽きている』と感じると不愉快になる投資家もいるのです」

「もっと多くの投資家がセラピーを受けたほうがいい」と彼女は提案する。「好むと好まざるとにかかわらず、誰もが幼少期のトラウマをたくさん抱えていて、それが最終的にチームマネジメントに表れます。もし創業者が思いやりの自己認識を持っていれば、チームに共感し、チームと真のつながりを持つこともできるでしょう。自分の感情が変化し始めると、非常に反応的になってしまうものです。だから、自分自身を感情的にコントロールできるようになることも、『スーパーパワー』なんです」

ふたりは創業者もセラピーの必要性があると信じて、実際に行動に移している。ティファニーさんと共同創者は『共同創業者のためのセラピーを受ける』ことを株主間契約に盛り込んだ。この動きは周囲でも共感を呼び、「創業者であるリーダーはセラピーを受ける」という動きは「新しい発想」として小さく広がっている。

創業者が会社設立を通して精神的・肉体的な健康管理を意図的に行っていない場合、それはリスクとなる。スタートアップの踊りを高見から見物していた投資家はヒエラルキー関係を解体し、謙虚になり、投資家はもっとスタートアップの旅のフォローをしたほうがいいとマリンさんは考えている。

「本当にレベルの高いアスリートには、軌道に乗せるために特定のセラピストがいます。新興企業にも同じような理解が必要です。新興企業にはそのような余裕はないでしょう。だからこそ投資家が賢いお金での使い方として、セラピー代を含めるべきです。また精神的・肉体的な健康について話をすることを義務付けるべきでしょう」

「誰でもセラピーを受けたほうがいい」とふたりは最後に締めくくった。

マリンさん「今、私たちが持っている考え方は、『セラピーを受けるのは、何かが起こったり、精神的に気分や具合が悪いときだ』というものだと思います。セラピーに行くのは、とても元気な時でもいいんです。本当はそうあったほうがいいんです。自分や周囲には常に好奇心を持つべきだと思うし、これは起業家にも当てはまることだと思います。自分自身に対する好奇心を持つことを決してやめないで。辛いことがあったときのために、準備をしておくことも大事です。セラピーを受けることで、私はより良い投資家に、より良いリーダーになれたと思っています。実際にセラピーが必要になるまで待たなくても、セラピーを受けに行っていいんですよ」

Text: Asak Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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