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「選挙平和」と「選挙コーヒー」とは フィンランド投票日の過ごし方

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
コーヒー豆やミルクが並んだ棚、まるでカフェのような選挙小屋 筆者撮影

フィンランドやアイスランドには「選挙コーヒー」という言葉がある。

北欧諸国は市民ひとりあたりのコーヒー消費量が世界でもトップを占める。

選挙期間中や投票日も、コーヒーやお茶を飲みながら政治のおしゃべりをするのが文化となっている。

アイスランドでは各政党が「選挙コーヒー」(kosningakaffi)を市民に呼びかけ、各地にある政党オフィスで大量のケーキやコーヒーを無償提供する。

北欧諸国で投票日に最もケーキを消費するのは間違いなくアイスランド 筆者撮影
北欧諸国で投票日に最もケーキを消費するのは間違いなくアイスランド 筆者撮影

フィンランド選挙期間中の選挙コーヒー

フィンランドでも「選挙コーヒー」(Vaalikahvit/ヴァ―リカハヴィット)という言葉があり、選挙期間中には各政党の選挙小屋でコーヒー、お茶、ジュースなどを無料でもらうことができる。

飲み物やお菓子をもらったからといって、政治の質問を政党にする必要はなく、もらうだけの人もたくさんいる。

タンペレの選挙小屋、かわいいカフェにしか見えない 筆者撮影
タンペレの選挙小屋、かわいいカフェにしか見えない 筆者撮影

友達に会おうと思って「どこにいるか」と聞いたら、「選挙小屋だ」というので犬と散歩ついでに来たという女性(左) 筆者撮影
友達に会おうと思って「どこにいるか」と聞いたら、「選挙小屋だ」というので犬と散歩ついでに来たという女性(左) 筆者撮影

政党の応援をしたい市民にとって、コーヒーを淹れる作業も大事な応援方法だ 筆者撮影
政党の応援をしたい市民にとって、コーヒーを淹れる作業も大事な応援方法だ 筆者撮影

クレープ作りに専念する政党も。コーヒーとの相性最高! タンペレ、筆者撮影
クレープ作りに専念する政党も。コーヒーとの相性最高! タンペレ、筆者撮影

クレープ行列と、テーブルに座ってクレープとコーヒーを楽しむ市民。野外カフェにしか見えない 筆者撮影
クレープ行列と、テーブルに座ってクレープとコーヒーを楽しむ市民。野外カフェにしか見えない 筆者撮影

若者の政治参加活動をするNO YOUTH NO JAPANの代表・能條桃子さんに、候補者の説明を熱心にする市民。おじいちゃんはコーヒーを片手に、まさに「選挙コーヒー」の風景 筆者撮影
若者の政治参加活動をするNO YOUTH NO JAPANの代表・能條桃子さんに、候補者の説明を熱心にする市民。おじいちゃんはコーヒーを片手に、まさに「選挙コーヒー」の風景 筆者撮影

コーヒーと公約パンフレットは同じ場所に置かれているので、ただ飲み物などが欲しかった人が立候補者のパンフレットをちょっと読んだり、持ち帰ることもある「かも」しれない 筆者撮影
コーヒーと公約パンフレットは同じ場所に置かれているので、ただ飲み物などが欲しかった人が立候補者のパンフレットをちょっと読んだり、持ち帰ることもある「かも」しれない 筆者撮影

「コーヒーなしで政治のコミュニケーションは始まらない」とコーヒーなしでの選挙運動なんて無理というのは、北欧どこの政党も同意する 筆者撮影
「コーヒーなしで政治のコミュニケーションは始まらない」とコーヒーなしでの選挙運動なんて無理というのは、北欧どこの政党も同意する 筆者撮影

投票日はコーヒーがさらに主役に

投票日はフィンランド国旗が各地に掲げられ、民主主義の日を祝う 筆者撮影
投票日はフィンランド国旗が各地に掲げられ、民主主義の日を祝う 筆者撮影

投票日のヘルシンキ、サンナ・マリン首相の政党の選挙小屋。だがなんだか静かだ 筆者撮影
投票日のヘルシンキ、サンナ・マリン首相の政党の選挙小屋。だがなんだか静かだ 筆者撮影

さぁ、賑やかでお祭りの屋台のような選挙小屋だが、投票日となると通常通りの運営はされない。

選挙平和だからこそ、静かに選挙に思いをはせる。コーヒーを飲みながら

「選挙平和」という言葉があり、この日は有権者が静かに投票先を考えることができるように、派手な選挙活動はされないことが望まれる。

投票日は、閉まっている選挙小屋もあり、空いている選挙小屋は飲み物を配るだけ 筆者撮影
投票日は、閉まっている選挙小屋もあり、空いている選挙小屋は飲み物を配るだけ 筆者撮影

「選挙コーヒーはいかがですか?」

この日は市民に政治や公約の話を積極的はしない。

みんなが「選挙平和」(Vaalirauha)という言葉を知っている。

「投票日は政治のプロモーションはしません。選挙キャンペーンのものは配らず、配布するのは機関紙のみです」と話してくれたのは左翼同盟党のボランティアだ。

「紳士協定みたいなものよ。静かに市民に考えさせる日。政党は積極的に市民に話しかけないのよ。アグレッシブはだめ」

左翼同盟党の選挙小屋でコーヒーをもらっていたおばあちゃんが言った。

左翼同盟党の選挙小屋。ボランティアもふたりしかいない 筆者撮影
左翼同盟党の選挙小屋。ボランティアもふたりしかいない 筆者撮影

緑の党の選挙小屋もコーヒー、お茶、飴だけを用意 筆者撮影
緑の党の選挙小屋もコーヒー、お茶、飴だけを用意 筆者撮影

一部の政党の選挙小屋は閉まっているか、すでに小屋の撤去を開始していた。

投票日もオープンする選挙小屋は、確かによくみると飲み物とクッキーや飴などの少量のお菓子しかない。

前日までにあった大量の公約冊子や立候補者パンフレットなどは片付けられていた。あるのは普段から配布されている機関誌のみだ。

こちらが選挙期間中の左翼同盟党の選挙小屋のテーブル。大量のグッズや各候補者の番号がかかれたティッシュ、バッジ、マッチ、飴などがある。投票日はこれらは片付けられていた 筆者撮影
こちらが選挙期間中の左翼同盟党の選挙小屋のテーブル。大量のグッズや各候補者の番号がかかれたティッシュ、バッジ、マッチ、飴などがある。投票日はこれらは片付けられていた 筆者撮影

でもマリン首相の社会民主党の選挙小屋テーブルを見ると、投票日もちょっとだけ立候補者の番号が分かる宣伝用紙が置かれている。党によって選挙平和をどのように解釈して市民に配慮するかは違うようだ 筆者撮影
でもマリン首相の社会民主党の選挙小屋テーブルを見ると、投票日もちょっとだけ立候補者の番号が分かる宣伝用紙が置かれている。党によって選挙平和をどのように解釈して市民に配慮するかは違うようだ 筆者撮影

コーヒーを飲みながら話す緑の党(右)とスウェーデン人民党の人(左) 筆者撮影
コーヒーを飲みながら話す緑の党(右)とスウェーデン人民党の人(左) 筆者撮影

とにかく選挙小屋の広場に市民はほとんど歩いておらず、とても静か。

オープンしている政党の選挙小屋も、少ないボランティアが「選挙コーヒーはいかがですか?」と市民にそっと話しかけるくらいだ。

緑の党の選挙小屋に、スウェーデン人民党のボランティアが来て、選挙コーヒーをもらい、両党の2人はそのままおしゃべりを始めた。選挙小屋の空間の良さは、政党の垣根を越えての交流を自然と目にすることができることでもある。

普段の選挙小屋は賑やかすぎて、まさにお祭り。

この日ぐらいの静かさのほうが、確かにボランティアとも冷静に雑談ができた。

左翼同盟党の選挙小屋。性の多様性を祝福する虹色グッズは選挙限定のものではないので、季刊誌やコーヒーと同じように無料配布できる 筆者撮影
左翼同盟党の選挙小屋。性の多様性を祝福する虹色グッズは選挙限定のものではないので、季刊誌やコーヒーと同じように無料配布できる 筆者撮影

投票会場でも選挙コーヒー

2019年の国政選挙で撮影、イースターの時期とかぶるので黄色の飾りを持って投票に来た市民も。二人は投票後に会場カフェで休憩していた 筆者撮影
2019年の国政選挙で撮影、イースターの時期とかぶるので黄色の飾りを持って投票に来た市民も。二人は投票後に会場カフェで休憩していた 筆者撮影

一部の投票会場は、会場となっている学校の保護者と生徒が「選挙カフェ」を開き、飲食物を売っている。

2019年の国政選挙で撮影、投票会場のカフェ。これも選挙コーヒー文化の一部。自宅や普通のカフェでコーヒーを飲みながら選挙の話をするのも選挙コーヒーだ 筆者撮影
2019年の国政選挙で撮影、投票会場のカフェ。これも選挙コーヒー文化の一部。自宅や普通のカフェでコーヒーを飲みながら選挙の話をするのも選挙コーヒーだ 筆者撮影

筆者撮影
筆者撮影

「あれ?今日は選挙平和じゃないの?」

大学1年生のグループが、たまたま投票日に選挙小屋を通りかかり、驚いていた。

「選挙コーヒーですよ」と緑の党。

もう事前投票したそうだが、大学生たちは嬉しそうにコーヒーやお茶をもらって去っていった。

北欧では、選挙や投票日は「民主主義のお祝い」とよく言われる。日本ではなかなか聞かない言葉だ。

お祝いだから、楽しそうな雰囲気もあるし、政治の話に盛り上がるなら、飲み物が欲しい。話に夢中だと喉が渇くのだ。

私たちが友人とカフェで話をするなら、お茶やケーキなどがあったほうが嬉しいし、長い時間話せるのと一緒だ。

選挙期間中のヘルシンキでの選挙小屋 筆者撮影
選挙期間中のヘルシンキでの選挙小屋 筆者撮影

飲食物を無料であげたからって、市民が1票をくれるほど、市民は単純ではない。

「コーヒーあげたくらいで、1票につながるなら、どんなに楽か」

筆者が取材する政党のボランティアたちは、笑いながらよくそう言う。

コーヒーは政治のコミュニケーションを始める「きっかけ」「ツール」でしかないのだ。

日本でも別の形で、日本なりの「選挙コーヒー」の文化があったらどうだろう。政治への敷居がちょっと低くなるのではないだろうか。

日本でも投票日を「民主主義のお祝い」として、「楽しむ」ことをもっと始めてもいいかもしれない。

筆者も日本にいた頃は政治に関心がなかったが、北欧の選挙が「楽しい」仕組みで溢れていたから、自然と政治を知るようになった。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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