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王女とシャーマンの恋、市民「恋愛は自由だが、王室の称号を利用しないで」

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
このカップルはここ数か月間で何をやらかしたのだろう(写真:ロイター/アフロ)

マッタ・ルイーセ王女と婚約者のデュレク・ベレット氏は、相変わらずノルウェーでお騒がせカップルだ。

ノルウェー公共局NRK外部調査機関に依頼した世論調査によると、51%の国民が「王女は王室を代表する公務を止めるべき」と答えた。問題ないと答えたのは13%のみだ。

王女は公務はほとんどしていないので、問われているのは「王室を代表する」「王女」という称号に関する議論と解釈していい。

同じ調査では「ここ数年で王室に対する見解が変わったか」という質問に対して、

  • ポジティブな方向に変わった 8%
  • ネガティブな方向に変わった 17%
  • 何も変わらない 70%
  • わからない・意見なし 5%

「ネガティブな方向に変わった」17%のほぼ全てが、原因をルイーセ王女とベレット氏だと答えている。

さて、このカップルはこの数か月間で何をやらかして、ここまでまた人気を下げているのだろう。

ここで整理をしておこう。

ノルウェーはもともと個人の恋愛・不倫・離婚などは日本ほどはあまり騒がないので、王女といえと、恋愛は自由であり、他人が口出しするのはおかしいという考える傾向が強い。

ルイーセ王女は王位継承順位4位だが、彼女が王位を継ぐ可能性はないしと見られている。

ルイーセ王女に対しては、「離婚もして、元夫も自殺して大変だっただろう。こんなにバッシング受けても、好きなことを貫こうとする勇気は尊敬する。恋愛はご自由に」が大体の反応。

これとそれは別の問題

ノルウェーの人は「課題の分離」をよくする。「これ」と「それ」は別の問題と切り分けて議論する傾向が強い。

「女王がひとりの女性として恋愛する自由」と「別の課題」を切り分けると、ノルウェー社会の議論が理解しやすい。複数の「別の課題」が折り重なって、「恋愛を自由にするのは勝手だけど、称号を諦めたら」という世論になっている。では、「別の課題」とは何か。

よりにもよって現実主義なノルウェーでスピリチュアル発言

もともとノルウェーの人は現実的で合理的に考える国民だ。「霊感がある」とか、日本ではまだ聞くような発言はノルウェーではあまり言いふらさないほうがいい。恐らく「変な人だ」と内心思われる。ノルウェーの人は本人にはっきりとは言わないかもしれないけれど。

だが、ただ「霊や天使が見える」くらいなら、ノルウェーの人はまだ受け入れただろう。なぜなら、ルイーセ王女がそういう類の発言を何年もしていたから。

ここ数か月で、「やはり問題だ」となったのは、婚約者デュレク・ベレット氏のビジネスモデルだ。

大問題①怪しすぎるメダル販売

ベレット氏は「Spirit Optimizer」(魂の最適化)という謎の記号が刻まれたメダルを売り始めた。約3万3000円もするメダルを購入すれば、「パワフルなテクノロジー」により、「あなたのエネルギーは最大限に発揮される」らしい。

大問題②医療否定

ノルウェー訪問した際にコロナ感染したベレット氏だが、医療機関に行くことを拒み、このメダルのお陰で体調が改善したというエピソードも売り文句にしている。

ベレット氏はもともと自身のスピリチュアルな力で「がん患者を救うことができる」などの発言を繰り返している。重病で死が近い患者の「何かにすがってでも救われたい」という精神状態を利用したビジネスだと、ノルウェーでは批判されている。そしてメダル販売が始まった。

ノルウェーの医療関係者や消費者庁は、以前から「王室と関連があり、王室の影響力を利用できる立場の者が現代医療を否定することは危険」「病気が治ると証明できない商品を王室の関係者が売ることは問題」などと警報を鳴らしている。

また、そもそもベレット本人も病気を患っており、自分のスピリチュアルパワーでそれさえも治療することができないことも話題になった。ちなみにベレット氏は病気のことが報道されて怒り、ノルウェーのメディアとまた対立していた。

大問題③王女の肩書を利用した商業活動

ベレット氏はメダルなどを売るために、インスタグラムなどのSNSで幅広く発信活動を続けている。同氏が販売するのはメダルだけではなく、「魂を最適化する」という記号が刻印されたマグカップやセッションなど多数だ。

投稿の中には婚約者のルイーセ王女が問題の商品を手にしている写真もあり、ノルウェーで問題となった。

例えば、ルイーセ王女が写真の投稿に商品と写っている場合、ルイーセ王女のインスタグラムの二つあるアカウント「王女」「個人」の両方がタグ付けされている。つまり、「ノルウェー王女の称号を利用したビジネス」であり、「王女はこれを容認している」として、ノルウェーでは批判される。

影響力ありすぎ家族で、ベレット氏がどうしても視界に入る

ここ数か月で批判対象となっているのは「ベレット氏のビジネスモデル」ということになる。

一方でルイーセ王女は公には多くは語らず、3人の娘と共に、ベレット氏とともに築く「新しい幸せな家族の姿」を写真などでSNSで発信している。

ベレット氏の姿をノルウェー国民がより多く目にするようになっている原因のひとつが、この家族の影響力にある。

ルイーセ王女と3人の娘のうち2人はインフルエンサー・芸能人・活動家に近く、SNSでフォロワー数も多い。

娘たちの投稿にもベレット氏の登場回数が増えているため、この人たちは新しい家族を築こうとしているのだと伝わってくる。

とにかく、前より明らかに彼を目にすることが増えた。同時にベレット氏の謎の言動で、国民は首をかしげる。

王女擁護派「男性の言動の責任を女性に負わせるのか」

最近のベレット氏の言動が原因で、ルイーセ王女とのパートナー関係を止める団体も出てきた。

そこで、こう考える人もでてくる。

  • 「ベレット氏の問題を女性側に背負わせて、彼女の活動を制限したり、称号をはく奪するのはおかしいのではないか」
  • 「魔女狩りのようだ」

ちなみに、ノルウェーのテレビに出てくる王女の応援隊というは、ノルウェーでは有名な働く女性たちであることが多い。

  • 「男性に問題はある。でもどうして女性がその責任を負わされるのだ」

この問いが頭から離れない人もいるのだ。

結婚して、さらに影響力を増してからのベレット氏はどうなるか

ノルウェーでどれだけ批判されようと、「黒人批判だ」「文化の衝突だ」と、立場を崩さないベレット氏。

しかし、商品を売る際に、ノルウェーのルイーセ王女が「プリンセス」という文字で登場することがある限り、批判はされるだろう。しかも、婚約中でこの状態なのだから、結婚してからの暴走は予測不可能だ。

このようなニュースがノルウェーでは続いていた。

公共局などでも討論番組が放送されたりと、ずっと話題になっていた。

そして、51%の国民が「王女は王室を代表する公務を止めるべき」とする世論調査が出たわけだ。

メディアや国民の「もやもや」が溜まる理由 娘に優しい国王

ハーラル5世はとても優しいお父さんである。これは国民はみんな知っている。そして一般人だったソニア王妃との大恋愛ストーリーも国民なら知っている。家族をとても大切にする人である。

だから、離婚と元夫の自殺、天使が見える発言などでバッシングされ続けている娘の人生を考えたら、娘の恋愛も再婚も反対しないのは明らかである。

つまり世論調査など、社会の空気がよほど険悪にならない限りは、この家族はルイーセ王女を静かに見守りたい。

メディアがどれだけ国王や王大使に意見を求めても、「話し合う」「難しいテーマ」「これも民主主義」などのコメントで終わってしまう。

数か月はこの状態だったので、もやもやとする感情を抱える人が増えているとしても、筆者は驚かない。

王室の称号が「家族のつながり」「アイデンティティ」という主張は国民に理解されない

ルイーセ王女はなぜプリンセスの称号を手放さないのか?

女王になる気はないと、本人も明らかにしているのに?

「家族の証」だからだ。王女はずっと言い続けていた。

「家族とのつながりだから」。国民に家族とのつながりを奪わないで欲しい、というメッセージをずっと発していた。

だが、「ひとりの女として、自由に生きたい」メッセージもあった。

そこで国民は「そんなに自由になりたいなら、称号とお別れしなよ」と思うわけだ。

最近、デンマーク王室で2人の王子が称号をはく奪された。デンマーク女王が孫2人から「王子」であることを奪った出来事は、王室内のもめごとを全世界にさらすスキャンダルに発展しいる。

ノルウェーでも注目を浴びているのだが、共通するのは「プリンセス」「プリンス」のタイトルにこだわる子どもたち。

「家族とのつながり」「アイデンティティの一部」という主張は、一般市民には共感できるものではない。

それをデンマークのマルグレーテ女王というおばあちゃんに奪われたにせよ、ノルウェー国民の反対で奪われそうにせよ、「私が生まれた時からある肩書を奪わないで」という主張に、無理がある時代になっている。

個人の自由を尊重する北欧だからこそ、「そんなに自由に恋愛や仕事がしたいなら、家族であることは変わらないし、タイトルを手放したほうがあなたも楽だよ」というメッセージが社会から出てくるのも理解できる。

しかし、ノルウェー現地でどう議論されようと、ベレット氏には国民の葛藤は届いていないようだ。むしろ批判されるほど、「差別だ」「文化衝突だ」と今の自分をパワーアップさせるエネルギー源になっているかのような印象さえ受ける。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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