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私はその時はこの世にいないけれど。人々がノルウェーの森で感動するのはなぜか?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
コロナ禍で中断していた100年計画の「未来図書館」、3年間分の寄贈式がやっと開催

ノルウェー発の「未来図書館」プロジェクトとは、

世界各国の100人の書き手による、

100冊の本を、

100年後の未来の世代へのプレゼントする。

毎年1人のオーサー選出後、翌年には書き終わった1冊の本がノルウェーの森で寄贈される儀式だ。

100作品を読めるのは100年後。

今生きている私たちの多くは、読むことはない。

作品の中身を知るのは書き手本人のみだ。

毎年オスロの森で本の寄贈式が開催されていたが、コロナ禍で延長が続き、今年は3年間分の3人のオーサーの寄贈式をまとめてすることになった。

しかも、100冊の本を100年後まで保存する「部屋」が、今年やっとオープンされる運びとなった。

その保存室、公立図書館の「サイレントルーム」のオープニングを祝福するために、過去のオーサー2人もオスロに駆け付けた。

こんなに複数のオーサーが集うなんて!

これは本当に特別で、すごい年だ。

私はわくわく興奮しながら、「未来の図書館の森」があるフログネルセーテレンという地区へ向かった。

コロナ禍で休止されていた森での寄贈式。参加者は倍増。400人以上が集まり、主催者も驚愕していた
コロナ禍で休止されていた森での寄贈式。参加者は倍増。400人以上が集まり、主催者も驚愕していた

メトロの駅から森の奥まで、みんなで歩くこの時間も寄贈式の人気の理由だ
メトロの駅から森の奥まで、みんなで歩くこの時間も寄贈式の人気の理由だ

オスロ市の森の一部は「未来の図書館の森」と名付けられ、100年間かけて育った1000本の木々は、100年後に本の印刷材料として使用される。それまではオスロ市の都市環境局が森林を保護する
オスロ市の森の一部は「未来の図書館の森」と名付けられ、100年間かけて育った1000本の木々は、100年後に本の印刷材料として使用される。それまではオスロ市の都市環境局が森林を保護する

これまでのオーサー

  1. マーガレット・アトウッド(2014)
  2. デイヴィッド・ミッチェル (2015)
  3. ショーン (2016)
  4. エリフ・シャファク(2017)
  5. 韓江/ハン・ガン (2018)
  6. カール・オーヴェ・クナウスゴール (2019)
  7. オーシャン・ヴオン (2020)
  8. ツィツィ・ダンガレンブガ (2021)

森では恒例のコーヒータイムも。北欧諸国はコーヒー消費率において世界でトップを占める
森では恒例のコーヒータイムも。北欧諸国はコーヒー消費率において世界でトップを占める

右からカール・オーヴェ・クナウスゴール 、ツィツィ・ダンガレンブガ、企画者のケイティー・パターソン、 ショーン、デイヴィッド・ミッチェル
右からカール・オーヴェ・クナウスゴール 、ツィツィ・ダンガレンブガ、企画者のケイティー・パターソン、 ショーン、デイヴィッド・ミッチェル

オーシャン・ヴオン氏も参加予定だったが、コロナに感染し、この日は残念ながら姿はなかった。

それでも4人のオーサーが集結したのは、すごいことだ。

通常は毎年1人のオーサーしか森には来ない。

作品をパーソン氏に手渡すカール・オーヴェ・クナウスゴール氏
作品をパーソン氏に手渡すカール・オーヴェ・クナウスゴール氏

カール・オーヴェ・クナウスゴール氏

「何が素晴らしいかって、100年後まで読まれない本を書くということ。今生きている私たちは、その頃にはもう死んでいるということです」

「文学の魔法は、全てを現実にします。このプロジェクトも、未来を現実にしてくれています」

本の題名はノルウェー語で 『Blindeboken』、英語で『The Blind Book』

ツィツィ・ダンガレンブガ氏の本の題名は『Navini and her donkey』

「このプロジェクトに私が興奮する理由は、これまでとは違う形で現在を考えさせてくれるからです。その現在は、私たちを未来へと連れて行ってくれます」

年が経つにつれ、知名度も高くなる未来図書館プロジェクト。人々がいる場所の木は、100年後に印刷予定。だから踏まないように、大切に一緒に座ってねと企画者は呼び掛けた
年が経つにつれ、知名度も高くなる未来図書館プロジェクト。人々がいる場所の木は、100年後に印刷予定。だから踏まないように、大切に一緒に座ってねと企画者は呼び掛けた

さあ、今年は森の寄贈式だけでは終わらない。

オスロの中心地に戻り、オスロフィヨルド沿いにある公立図書館に私たちは移動した。

先ほどの森の木々を材料とした木材の部屋は「シークレット・ルーム」(Secret room)と名付けられた。

寄贈された100冊の台本は、ここで静かに100年間の眠りにつくことになる。

1人ずつ順番に、オーサーが本をシークレット・ルームに運んだ。みんな、ウキウキとした笑顔が印象的だった。中央の緑色の服を着ている女性はオスロ市長
1人ずつ順番に、オーサーが本をシークレット・ルームに運んだ。みんな、ウキウキとした笑顔が印象的だった。中央の緑色の服を着ている女性はオスロ市長

部屋は全て木材。床を傷めないように、入室時は裸足で。カール・オーヴェ・クナウスゴール氏の足
部屋は全て木材。床を傷めないように、入室時は裸足で。カール・オーヴェ・クナウスゴール氏の足

シークレットルームの中はこんな感じ。光っているところに台本が保存される
シークレットルームの中はこんな感じ。光っているところに台本が保存される

光るガラス部分を見ると、オーサーの名前が浮き上がる。これから公立図書館を観光で訪れる人は、自分の好きなオーサーの名前はどこかと探す楽しみにもなるだろう
光るガラス部分を見ると、オーサーの名前が浮き上がる。これから公立図書館を観光で訪れる人は、自分の好きなオーサーの名前はどこかと探す楽しみにもなるだろう

新しくオープンしたばかりの公立図書館。シークレットルームはオープン時はまだできあがっておらず、今年やっと公開。本好きの人が行列を作り、未来図書館の保存室を見に来た
新しくオープンしたばかりの公立図書館。シークレットルームはオープン時はまだできあがっておらず、今年やっと公開。本好きの人が行列を作り、未来図書館の保存室を見に来た

この後はオーサーのトークショーが公立図書館で開催された
この後はオーサーのトークショーが公立図書館で開催された

ビッグニュースはこれだけで終わらず、オスロ市長は、オスロ市が100冊の本が揃う2114年まで、未来図書館の森の木々を責任をもって守ることを約束した。

オスロ市は未来図書館の主催者たちと誓約書を交わし、関係者は深く感動していた。

企画者も、取材する私も、今このプロジェクトの素晴らしさに感動している人たちも、だれも100年後には生きていない。赤ちゃんを除いては。

100年後に、森は守られているのだろうか?

その心配はなくなった。

さあ、9人目のオーサーは誰になるだろう。

今から楽しみだ。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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