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スウェーデン政権危機を逃れるが、NATO加盟申請に心配の種が増える

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
写真は2021年撮影、右側の女性が騒動の鍵となったカカバーヴェ国会議員(写真:ロイター/アフロ)

今回はスウェーデン政権は辞任を回避した。

7日、再犯罪対策が十分ではなかったとして、法務大臣に対する不信任決議案がスウェーデン国会で採決された。

与野党の議席数は大差ないため、1人の無所属の議員が鍵を握ることに。

結果、政権の運命を握ったこの議員は採決を棄権した。

野党は「たった1票」が足りず、不信任案は否決となり、法務大臣は続投となった。

つまり、政権が辞任することはなくなった。今回は。

1人の大臣に対する不信任案は政権に対する不信任案だとして、「もし法務大臣に対する不信任案が可決されたら、政権は辞任する」とマグダレナ・アンデション首相は苛立ちを露わにしていた。

だが事態は収束したわけではない。

なぜ棄権したのか

運命の1票を握った無所属のアミーネ・カカバーヴェ国会議員はクルド系でもあり、スウェーデンのクルド人の人権を守ることに熱心な政治家だ。

彼女はぎりぎりまで、与野党のどちら側につくのか明確にせず、スウェーデン政権に対して「トルコの要求に応じないように」という交渉もしていた。

なぜ、棄権したのか?

可決か否決かの明確な態度を表明せずとも、棄権なら、その票は数えられず、野党は1票足りないまま、不信任案が否決されるからだ。

カカバーヴェ国会議員は採決の前日になっても、どちらの側につくのか迷う態度を見せていた。

翌朝、取材現場に向かう途中で「棄権すると決意した」と発表。

その約5時間後に、スウェーデン国会での議論と採決は始まった。

まさに、ぎりぎりのタイミングでの決断だったわけだ。

同議員が法務大臣をサポートする側に回った理由は「法務大臣は名誉を巡る抑圧問題に取り組んできた」から。「大きなカオスとならなくて良かった」と、カカバーヴェ国会議員は現地メディアに話した。

では一件落着か?そうでもない。

今回の不信任案で野党に足りなかったのは、たったの1票だ。

この数年間でスウェーデン政権が、何度か政権危機に陥った理由だ。

9月の国政選挙までに野党が動いて、別の危機が起こる可能性もある。

それだけではない。

カカバーヴェ国会議員の1票に、これからも政権は依存することとなる。

カカバーヴェ国会議員は無所属でクルド系という背景により、自分は大きな影響力を持ち、注目を浴びる立場にいると自覚している。

すでに、次の国会予算案で、彼女の要求が予算案に反映されなければ、首相側には票を投じないという姿勢を見せている。彼女にとって有利な政策が実行されるように、自分の1票を存分に利用する構えだ。

今後のいくつもの交渉で、彼女の要求が「スウェーデンに住むクルド人を守るため」のものだったり、NATO加盟申請のトルコとの交渉で、「トルコの言うとおりにしない」ことだとすると?

スウェーデン政府は、大きな問題を抱えることになる。

いや、もう抱えているといっていいだろう。

トルコ側が眉をひそめるクルド系議員は、たまたまスウェーデン政権が依存している人物だった

トルコにとっても、今回の騒動はおもしろいものではない。

すでに今回の件を受けて、「スウェーデン政府はクルド系議員に振り回されている」とトルコでは報じていると、トルコ在住のスウェーデン公共局の記者はレポートしている。

カカバーヴェ国会議員の1票の影響力は、今回の件で改めて目立ってしまった。

トルコ側が不快に思い、NATO加盟申請とトルコとの交渉にネガティブに働く可能性があると、スウェーデンのSvenska Dagbladet公共局は報じている。

今回の件で、政権に閣外協力をする中央党のルーフ党首の言葉が、私の感想に近いので引用しておきたい。

議会空間にはもっと大人が必要だ。

世界の視線がNATOの件でスウェーデンに向いている時、

私たちに必要なのは、責任を取る能力がある政治リーダーだ。

スウェーデン中央党ルーフ党首(スウェーデン公共局)

各政党の実力勝負は9月の国政選挙で本領発揮して、今はNATO加盟申請に集中したほうがいいのでは、と私は思うのであった。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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