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オスロ市がスキーW杯の無観客を決定 新型コロナと交通機関の混雑を懸念

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
無観客となるホルメンコーレンの会場 Photo: Asaki Abumi

北欧の中でも、新型コロナウイルスの感染者が急増しているノルウェー。ノルウェー公衆保健研究所は、感染者が86人に達したと発表。保健当局は100人以下と認めている(VG紙では105人)。人口530万人ほどしかいない国にしては、感染者が増加している。

3月6~9日は、首都オスロでスキーW杯が開催される予定だったが、コース周辺に集まる無料観戦者を含めると、この期間に集まる人は10万人を超えることもある。

オスロ市が決定

大会が開催される直前、オスロ市、ノルウェー公衆保健研究所、ノルウェー公衆保健研究所、ノルウェー保健当局は、スキーW杯は無観客でという決定をくだした。

お酒を飲む無料観戦者で、混雑

オスロでのスキーW杯は、会場は2種類あると考えてもらいたい。

有料チケットを購入し、会場でジャンプなどを観戦する場所(ホルメンコーレン)。

チケットは購入せずに、クロスカントリースキーのコース周辺で無料観戦する場所だ(主にフログネルセーテレン)。

有料チケットで入る会場 Photo: Asaki Abumi
有料チケットで入る会場 Photo: Asaki Abumi
無料観戦ができる森の中 Photo: Asaki Abumi
無料観戦ができる森の中 Photo: Asaki Abumi

メトロの混雑で感染拡大の恐れ

後者の無料観戦者のほうが圧倒的に数が多く、現場での混乱は、このグループが起因していることが多い。

オスロ中心部から会場までは、メトロで直通30分ほどで着く。

会場までは他の交通手段はなく、観戦者の多くが1路線しかないメトロを利用することになる。

会場に向かう途中から、多くの人はすでにお祭り気分だ。車内は混雑し、スピーカーで大音量で音楽を流し、大声で歌い、お酒を飲み始めている人が続出する。

オスロ市が心配したのは、この特殊な車内環境だった。

ビール缶を車内で開け、酒を飲む人も続出する。森の観戦者は、できるだけくつろごうと、ソファや寝泊まりのための道具も持ち運ぶ Photo: Asaki Abumi
ビール缶を車内で開け、酒を飲む人も続出する。森の観戦者は、できるだけくつろごうと、ソファや寝泊まりのための道具も持ち運ぶ Photo: Asaki Abumi

自然享受権がある国の課題

ノルウェーには自然享受権というものがある。「自然はみんなのもの」という権利で、自然での人の移動を制限することは国にはできない。

北欧の中でも自然が多く、絶景スポットが観光の見どころともなっているノルウェー。

絶景写真を撮ろうと、崖などで危ない行為をする人もいる。しかし、自然享受権があるため、国や自治体は柵を立てたり、一部の自然への出入りを規制することはできないのだ。

この権利に関しては、別記事「観光客激増でトイレ不足、ノルウェーの自然で排泄物が目立つ」も参照に。

無料観戦できるエリアも、山や森の中に位置する。

Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi

自然享受権があるため、自治体はこのエリアの人の移動を規制することはできない。

しかし、市は少しでも、酔っ払いが多い混雑を解消したい。そのため、行政の力で規制できるのは、ジャンプ、複合、距離の試合がある「有料観戦エリア」となる。

今年はすでに1万8000枚のチケットが売れている。

この観戦者の移動を制限するだけでも、メトロの利用者をいくらか減らすことができる。そのため、オスロ市は異例の決定をくだしたのだ。

主催者側は規制や中止をするつもりはなかった

有料チケットで入場し、応援する人々 Photo: Asaki Abumi
有料チケットで入場し、応援する人々 Photo: Asaki Abumi

スキーW杯の主催者側は、コロナウイルス感染者が拡大し始めた当初から、イベント中止はないという姿勢を崩さずにいた。

医療関係者からは、開催を中止しないのは「無責任だ」という声もあがっていた。

オスロ市が異例の決定をしなければ、予定通りに観客ありの運営をしていただろう。

開催前日の市の決定に、主催者側は「決定したのはオスロ市であり、理解はするが、我々としては残念でならない」とコメントを発表。「決定をしたのは、自分たちではない」という強調もされている。

すでに売れた1万8000枚のチケットが返金されるかどうかは、未決定だ。主催者側にとっても、観戦を楽しみにしてチケットを購入していた観客にとっても、悪夢だろう。

私からすると、オスロ市がこのような決定をしたことは驚きではない。むしろ、主催者側が、数日でも早く中止や規制を自分たちで決めていれば、がっかりする人はまだ減っていただろう。

そもそも、混雑とカオスの原因である、森の中での無料観戦者の動きは、誰も規制することはできない。この人たちは、市の心配は無視して、例年通りにコース周辺で無料観戦したければできるのだ。

「アルコール消費量が高い観戦者と混雑するメトロの組み合わせを、市は心配しています。車内で感染するリスクは高く、リスクが高いほど、病状を悪化させやすい人がもつリスクも高くなります。会場周辺には、来ないようにお願いします」と、オスロ市は開催前日の記者会見で呼び掛けている。

現地の市民はどう反応しているだろうか?

Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi

関連ニュースを流すノルウェー公共局のFacebookのコメント欄を見てみると、反応はさまざまだ。

  • 「とても悲しい」
  • 「ヒステリーすぎる。メディアはクリック数を増やすために、不必要な恐怖を世界中で植え付けている。学校、職場、交通機関を閉鎖しようなんて、笑いごとだ」
  • 「やっと責任をもとうという人たちが出てきた。全国各地にいる、病人には同情する」
  • 「テレビで観戦できるし」
  • 「それでも私たちは、森で観戦するけどね!」
  • 「ヒステリーの時代へようこそ」
  • 「頭おかしいんじゃないの」
  • 「すべてが悲劇」
  • 「つまらなくなる」
  • 「それだったら、アルコールを禁止すればいいのに!」

ノルウェーのマルティンヨンスル・スンビ選手やヤールマグヌス・リーベル選手は、声援が減ることに落胆する様子を現地メディアに伝えている(公共局NRK)。

ホルメンコーレンの応援会場には、ノルウェーの王室メンバーの姿も毎年の光景となっていた。しかし、今回の市の決定を受けて、王室は「残念ながら観戦には行かない」と発表した。

王室専用の観客席で、選手たちに挨拶をするノルウェー国王 Photo: Asaki Abumi
王室専用の観客席で、選手たちに挨拶をするノルウェー国王 Photo: Asaki Abumi

6日、ノルウェーでは教育機関8校と、幼稚園(保育園)1園でも感染者が確認されたと、保健当局が発表した。

Photo&Text: Asaki Abumi 掲載写真は過去の年のものです

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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