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北欧でファッションウィーク苦戦の背景とは

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ストックホルム・ファッション ウィークが中止!(写真:Shutterstock/アフロ)

スウェーデンのファッション機関が28日、ストックホルム・ファッション・ウィークが中止されると伝えた。

北欧のファッションウィーク業界に、不安定な雲行きが漂っている。

8月に予定されていたスウェーデン首都でのイベント中止の理由は、「将来の先行きが見えない」ことだ。立て直し、新たなプラットフォームを秋に発表予定とのこと。

デジタル化に加えて、経営がうまく成り立たない。

スウェーデン版ELLEは、国内外のメディア訪問も実際に減っていたと記している。

コペンハーゲン(デンマーク)、ヘルシンキ(フィンランド)のファッションウィークは、予定通り開催される見通し。

だが、オスロ(ノルウェー)の「Oslo Runway」も、今年2月のイベントを中止したばかりだった。

生き残っていくために、アート・フェスティバルと合同で8月に再開予定。もはや、ファッションだけではやっていけない状況が明らか。

オスロ・ファッション・ウィークは過去に批判され続け、一度は廃止されたこともある。現在も金銭的に苦戦中 Photo: Asaki Abumi
オスロ・ファッション・ウィークは過去に批判され続け、一度は廃止されたこともある。現在も金銭的に苦戦中 Photo: Asaki Abumi

北欧のファッションウィークの課題をまとめてみた。

インフルエンサー嫌いが激しい

北欧の既存大手メディアのインフルエンサー嫌いは、かなりすごい。日本では理解できない境地に達している。

ファッションウィークは、本来はファッションのトレンドを伝えるプレスや、商品を買うバイヤーなどが大事なお客様と考えられている。

しかし、それだけでは話題にならないとして、SNSでフォロワー数が多いインフルエンサーを招待。

結果、注目されるのは会場の外で無表情でポーズを撮っている、インフルエンサー。

彼女たちはショーの一列目を陣取ることもあるので、業界関係者には気に食わない権力構図ができあがる Photo: Asaki Abumi
彼女たちはショーの一列目を陣取ることもあるので、業界関係者には気に食わない権力構図ができあがる Photo: Asaki Abumi

新聞社やテレビ局などの既存大手メディアの数は減り、来るのはファッションメディアか、フリーランスのフォトグラファー。彼らの撮影対象はインフルエンサー(渡航費などは主催国が負担していることが多い)。

イベント前後のストリートファッションが目玉になってしまっている? Photo: Asaki Abumi
イベント前後のストリートファッションが目玉になってしまっている? Photo: Asaki Abumi

全ての「ファッション・サーカス」は、会場の中ではなく、外で起きる。その様子を「ばかじゃないの」と報道するのが、会場にいる数少ない既存メディアの記者たち。

北欧ブランドを国際的に広めることに貢献している彼女たちだが?若者のメンタルヘルス悪化の原因ともいわれる Photo: Asaki Abumi
北欧ブランドを国際的に広めることに貢献している彼女たちだが?若者のメンタルヘルス悪化の原因ともいわれる Photo: Asaki Abumi

急にのしあがってきて、服を着るだけで、ファンを増やし、経済的に順調な若者たち。

誇り高い記者たちは、「嫉妬している」、と私は感じる。ファッション業界にどんより漂う、嫉妬の嵐。

フォロワー数の多い北欧インフルエンサーは、SNS世界での芸能人 Photo: Asaki Abumi
フォロワー数の多い北欧インフルエンサーは、SNS世界での芸能人 Photo: Asaki Abumi

ファッション・ジャーナリズムが、ない?

北欧の既存メディアは、視聴者数やPVを稼ぎたいと同時に、「批判ジャーナリズム」に誇りを持っている。

政府の補助金がどのように使われたのか、モデルは痩せた白人ばかりではないか、という批判報道が多いため、ファッション・ウィークを盛り上げようという関係者には頭痛の種。

ファッションを分析できる記者がいないことが、不運としかいいようがない。

普段着にお金をかけない

北欧の国民は毎日のファッションにお金をかけない。自然が多いので、アウトドア・ファッションにお金を優先的に使う。

ファッションウィークの服は、普通の市民のお財布には合っていない。

外見美重視の社会はメンタルヘルスを悪化させる

平等精神が強い北欧。ジェンダーロールや外見美を意識させるような圧力はよろしくないとされる。

外見美を重視する風潮が強まると、若者のメンタルヘルスを悪化させる。

「私はあの人のようになれない」、「私も整形手術を」と増加する若者のために、ノルウェーでは政府までもが対策に乗り出している。

外見の衣服を評価する「ファッションウィーク」は、北欧の価値観に、どこか合わない。

しかも、いろいろと問題があるインフルエンサーがセットときた。

議論が好きな北欧諸国では、絶好の批判対象・無視する対象となる。

外見美に対する重圧が少ない社会は、特に女性にとっては生きやすい。外見を飾ることが好きな人には、時に物足りない。

格安・古着が好き

H&Mなどの格安ファッションでタンスが溢れている人は多い。古着屋に行くとH&M、Cubus、ZARA、Gina Tricotが大量にある。

「新しいシーズンの服を」と、季節ごとに服を買わない。買うとしたら、セールで50~70%OFFになってから。

ちなみに、スウェーデン発H&Mへの批判報道が多い理由は、北欧の格安ファッション業界のシンボル的存在だから。他の格安ブランドを代表して、「労働者や環境に配慮して!」と厳しい目線を浴びる(それだけ人々のタンスにある服ということでもある)。

格差が明白にみえてしまう

ファッションウィークは一般向けではない。選ばれた人しか、入れない。

平等精神を好む北欧では、好ましくないことだ。

会場のモデルや来場者は白人が多く、街の移民背景がある市民を反映していない。

モデルは痩せている。でも、普通の人たちの体系は、もっと多種多様なはずだ。

格安・古着ではない「ファッション・ウィークのレベルの服」を買う人も、特定の社会層に限られてくる。

お財布、肌の色、社会層などを、嫌なくらいに極端化してしまうのがファッションウィークの会場。その点は、「叩かれても、しょうがないかも」と思う時もある。

人口、つまりお客様が少ない。物価も高い

北欧各国はそもそも人口が少ない。比例してファッションにお金をかける人口もより少ない。

加えて、物価も高い。ビジネスを始めるのが大変。

ノルウェーはEU非加盟国なので、EU加盟国に比べて、よけいな手続きなどもかかる。オフィスを他の国に移したほうが、まし。かわいそう。

この業界で生きていこうとするビジネスマンには、ため息がつきない。

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集まる場所がなくなると?

Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi

「それなら、ファッション・ウィークはなくても大丈夫なのか?」というと、そうではない。これは業界にはマイナスでしかない。

ファッション・ウィークは時間をかけて育っていくコミュニティだ。

やはり、複数の優秀なブランドが集まるプラットフォームがあったほうが、業界は時間をかけて共同体として強くなっていく。

自信をなくすスパイラル

ファッション・ウィークがないと、批判も含め、報道が一気になくなるので、国民はファッション業界の変化を知らずに過ごす。「自国ファッションブランドへの自信」もより低くなる(ただでさえ、低いのに!)。

業界関係者も、自分たちの国でファッションウィークが叩かれ、やせ細っていく姿を見ていて、元気はでない。

各ブランドは、自分たちで単独ショーを開ける。だが、マスコミは関心を持たない。

このサイクルが続くと、業界への目線は厳しく、関心が低い状態が続く。

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生き残る手段を模索中

環境意識が強いので、今後生き残っていけるのは、労働者や環境に配慮したエシカル・ファッションだろう。

とはいえ、エシカル組は生き残り手段として、そもそも「ファッションウィーク」という売り場を必要としているわけではない。

パリなどでのファッションウィークを「北欧でも!」とコピーしようとしている限り、苦戦は続くだろう。

北欧風の新しいファッションイベントの改革と提案が、必要とされてくる。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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