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気候変動の話は面倒?どうしたら市民に行動を変えてもらえる? ノルウェーの場合

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
自転車に乗るのは環境のため?楽しいから? Photo: Asaki Abumi

ノルウェー人は気候変動や環境の議論が好きだ。一方で、SNSの普及で、同意できない政治家や政策に対して、過激な言葉遣いで反対する人の存在も目立つようになった。

外国人である筆者にとっては、このテーマにおけるノルウェー人のコミュニケーションは特殊だ。

車の運転者など「誰が悪いか」ということが注目を集めやすい。

「肉を少し減らし、野菜をもっと食べよう」なら、「健康にいいから」と説得してもいいはずなのに、「気候変動のために!」と強調することに一部の政治家はやけにこだわる。

「そんな言い方をしたら、日本ではもっとイライラする人を増やしてしまいそう」と、ノルウェーの政治家の言葉遣いには筆者は驚くこともある。

先日、オスロでは欧州北部で最大規模とされるゼロエミッション会議「ゼロ会議」が開催された。

数あるセミナーの中で、気になったテーマが「グリーンなリーダーシップをとるために。気候コミュニケーション」だった。

電気自動車EVなどさまざまな話題で盛り上がったゼロ会議(Zerokonferansen) Photo: Asaki Abumi
電気自動車EVなどさまざまな話題で盛り上がったゼロ会議(Zerokonferansen) Photo: Asaki Abumi

参加者は政治家や自治体・関連企業の関係者ばかり。「市民にどうしたら一緒に行動を起こしてもらえるか」を考え・悩む人のための勉強会だった。

問題やカルチャーが異なるノルウェーでのコミュニケーションは、日本では参考になる部分と、ならない部分がある。一方で、北欧の中でノルウェーはどう異なっているか、ノルウェー人のメンタリティを理解するうえでは役に立つ情報もある。

今回はこのセミナーでメモしたことをいくつか書き留める。

ノルウェーは実は緑色ではなくて、灰色?

ノルウェーでは、化石燃料により経済などが発達することを「灰色の成長」、再生可能エネルギーを中心にしたものを「緑色の成長」と例えることがある。

「ノルウェーは緑色の成長をしているように見せかけるのが上手だが、実際にしているのは灰色の成長」とするのは、BI大学の気候心理学者であり、「緑の環境党」の政治家であるペール・エスペン・ストクネス氏。

この国は石油・ガス産業からの収入で裕福だが、気候変動を進行させると議論が続いている。

政治家の「口だけで行動できていない」状態が続くと、市民からの信頼や変えようという意欲をそぐと、同氏は警戒を鳴らす。

北欧各国でのグリーン成長指数を示すグラフ。スウェーデン、デンマーク、フィンランドに続いて、ノルウェーは一番下にある赤色の線。「これは問題。これがノルウェーのいわゆるグリーンシフト。恥ずかしい」とストクネス氏は話す Photo: ASaki Abumi
北欧各国でのグリーン成長指数を示すグラフ。スウェーデン、デンマーク、フィンランドに続いて、ノルウェーは一番下にある赤色の線。「これは問題。これがノルウェーのいわゆるグリーンシフト。恥ずかしい」とストクネス氏は話す Photo: ASaki Abumi

市民と上手に交流するためのオスロ「気候課」の戦略

大都市では冬の大気汚染問題が悪化している。中心部で一般自動車を減らす「カーフリー」計画など、驚くほどの高い目標数値を数々あげている首都オスロ。一方で、一部の家族などには不都合も多いなど、不満の声も目立つ。

車VS自転車乗りで、道路を誰がより使用するかで意見がわかれるオスロ Photo: Asaki Abumi
車VS自転車乗りで、道路を誰がより使用するかで意見がわかれるオスロ Photo: Asaki Abumi

オスロには国内で初の自治体の取り組みとされる、「気候変動におけるコミュニケーション」を担当する「気候課」が新設されたばかり。

同課の広報であるメレーテ・イェンセン氏は、市が市民とどのように交流しようとしているか、どのような話し方に注意しているかを説明した。

「『自分たちも何か行動を起こさなければいけない』という自覚は市民にはあるが、その手段においては意見がわかれている」という同氏。

特に「車」に関しての意見は分かれやすく、憤った人の怒りの声はFacebookに集中する。

オスロ市民の70~80%は「自分にとってしやすいことであれば、正しいことをしたい」、10~15%は「倫理的に正しいことをしたい」、10~15%は「意見を変えてもらうことは、ほぼ絶対に無理な人たち(Facebookで批判する常連者)」、とイェンセン氏は話す。

「変化を嫌うのは、人間として当たり前の反応」だとする同氏。大きな変化を伴う時には、過去の喫煙対策などを始めとして、反対派が出るのは当たり前。それでも、時が経てば受け入れられるものだとする。

そのためにはどうするか?

「気候」という言葉をあえて使わない

オスロ市気候課のイェンセン氏 Photo: Asaki Abumi
オスロ市気候課のイェンセン氏 Photo: Asaki Abumi

気候課では、まずSNSでの交流に力を注ぎ、一方で「気候」という言葉をほとんど使わないようにしているという。

「気候変動」や排出ガス数値を示すグラフの使用は、人のやる気をそぐマイナス効果を生む傾向があるからだ。

気候という言葉を使わずに、「何か楽しい変化」に市民も参加できることを伝える。

自転車道が増えること、綺麗な空気が吸えるようになること。「野心的な排出ガスの削減量の数字」の話から、「人々の健康や暮らしの質」という身近なテーマを中心とした話し方に変える必要があると説明した。

気候課はこのような考えらしいが、オスロの政治家は実際はできていないのではと筆者は思った。

数字の話ばかりで、「人」の存在を忘れやすい気候エキスパートたち

コスタリカ人で気候変動対策のエキスパートでもあるモニカ・アラヤ氏は、国外での事例を基にノルウェー人にアドバイスをする。

「気候関連で働いている人は、プレゼンなどで数字の話ばかり。そこに『人』がいることを忘れている」と指摘。

自分たちの業績ばかりをアピールする勘違い政治家

『自分たちはこれだけのことを達成したんだ』と、(多くの市民を省いた)自分たちの写真を投稿してアピールするばかりの政治家には問題があるとする。

政治家だけの写真(左)とたくさんの人がいる写真(右)。どちらに人は「私も一緒に行動」と思える? Photo: Asaki Abumi
政治家だけの写真(左)とたくさんの人がいる写真(右)。どちらに人は「私も一緒に行動」と思える? Photo: Asaki Abumi

「政治家による気候変動目標」には、「市民」が含まれていないとするアラヤ氏。

気候変動のいわゆる「エキスパート」たちは、「普通の人は気候対策をよく理解していない、何もできない人」と思いこんでいることもあるので、注意が必要だともアラヤ氏は話した。

言葉遣いも、「脱炭」から「電気バス」に変えるなど、分かりやすい話し方の工夫がいると指摘。

一方で、気候やエネルギー関連で仕事をしていない人、特にノルウェーでは石油議論においては、自分たちの思いをどう表現していいかわからない人も多いため、配慮が必要だとする。

気候変動において、発展途上国を「犠牲者」とするヨーロッパ独特の話し方はやめてほしいとも話した。

地球温暖化エキスパートと生活者は同じ場所にいない

コミュニケーションや広告事業で働くぺッテル・グリ氏の話は明快で、会場は常に笑いであふれた。

「地球で昆虫が大量に減っている。それで、私たちにどうしろというのでしょう?蚊を殺すのをやめろとでも?」。

気候コミュニケーションの問題は、数字ばかりで、「気候・気候・気候」という言葉ばかりで溢れているからだとする。

「ノルウェーの気候のエキスパートや政治家たちは、Twitterでよくつぶやいているのが不思議。普通の人はTwitterを使わないのに」。

「あの人は偉そうに言うけれど十分にエコじゃない。だって、飛行機に乗った!」と、他者を責めるカルチャーはもうやめにしよう

実はエコなことをしているのに、それを公にしようとしない企業がいる。なぜなら、他の行為で「エコじゃない」と批判されることを恐れているから(ビジネスのために飛行機にたくさん乗らなければいけない人を、いつまで私たちは責め続ける?)。

人に恥をかかせるような思いをさせるコミュニケーション、なにかをしようとしている人の揚げ足をとり、ダメなところを探そうとする。「他者を責める」今のカルチャーはやめるべきだともグリ氏は指摘する。

数字やグラフは使いすぎず、言葉の使い方を変えよう

同氏も数字やグラフを見せる従来のやり方は好まない。「今日のプレゼンでも、二酸化炭素の数値を示すグラフを出すこともできましたが、やめました」と、地球の絵が描かれたパワーポイントを出す。

「食品ロスを減らそう」と聞いただけで、「またそれか」と嫌がる人がいる。「環境のため」とはいわず、「金銭的に節約できるから」など、言い方を変える必要があると同氏は話す。

食べ残しは「環境に残念」という言い方よりも、「あなたのお財布に残念」のほうがよい? Photo: Asaki Abumi
食べ残しは「環境に残念」という言い方よりも、「あなたのお財布に残念」のほうがよい? Photo: Asaki Abumi

問題を見て見ぬふりをする、無言の政治家の態度も、気候コミュニケーションの一種

反対に、「何もないかのように無視して話さない」ことも「気候コミュニケーション」だと指摘。

今年のノルウェーの国政選挙では大政党は、環境や気候の話を避けたがる傾向にあった。

石油を掘り、お金儲けをしながら、パリ協定を推進するEUにおしっこをかけるノルウェー人。石油を掘り続け、溶ける氷の上でオナラ(排出ガス)を出して、現実に目をつぶるノルウェー人のイラスト Photo: Asaki Abumi
石油を掘り、お金儲けをしながら、パリ協定を推進するEUにおしっこをかけるノルウェー人。石油を掘り続け、溶ける氷の上でオナラ(排出ガス)を出して、現実に目をつぶるノルウェー人のイラスト Photo: Asaki Abumi

「『私たちは石油を掘り続ける』と政府が言い続ける選挙では、市民はだれも気候変動対策のために、自分たちの行動を変えようとは思わない」とするグリ氏。

「今の大人たちが何も行動して責任を果たそうとしないのなら、私たちは『新しい大人』が必要だ」とも指摘した。

外国人である筆者は、「どうしてノルウェーの政治家は、あのような言葉遣いをするのだろう?」とよく思っていたので、これらのアドバイスはとても興味深かった。

この狭い会場の中で発表するだけではもったいない、「エキスパート」と思い込んでいるノルウェーの環境派や政治家がこれらのことを自覚できたら、世論の雰囲気は少しは変わるのでは、と思ったのだった。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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