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SNSで拡散するヘイトスピーチに、ノルウェーの政治家や記者はこう反応する

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
憎悪表現の拡散は若者の議論参加を妨げるリスクが伴う(ペイレスイメージズ/アフロ)

あなたは憎悪に満ちた言葉を政治家にSNS上で直接投げかけたことがあるだろうか。ノルウェーにはこんな国会議員がいる。彼女はその送り主に電話をするのた。

人々には自分の思想を表明する自由がある。だが、特に女性、移民背景をもつ、若い議員には度を超えたヘイトスピーチが集中しやすい。ノルウェーではそれは頻繁にFacebookで起こる。

権力をもつ政治家、ノルウェーの新聞社やテレビ局は、このような「ネットトロル」たちへの対応には自分たちにも責任があると考えている。放置することは無責任だと考える傾向が強い。

政策議論ではなく、個人攻撃をする人に対しては、コメントを削除したり、コメント欄で「もう少しまともな議論をしてください」、「あなたの言葉はただの個人攻撃です」と諭したり。

時には、「あまりにも憎悪表現や個人攻撃をする人が多いため、コメント欄を閉じます」と読者からの投稿を自社のサイトで制限することもある。

このような人々に興味を抱き、記者が直接ネットトロルに電話することもある。国営放送局NRKでさえそのような対応をする。時にはスクリーンショットを撮られて記事にされることもある。

全く同じ発言でも、白人男性議員が言う時と、女性議員などが言った時では、人々は異なる反応をする。インターネットがある今、議論とはどうあるべきものかとノルウェーでは頻繁に話題になる。

ネットでの憎悪表現の拡散は、若者の議論参加を妨げる

ネットトロルの存在になぜ政治家や記者たちは敏感に反応し、対話をしようとするのか。様々な理由があるが、そのひとつが、「若者の政治参加を妨げる」ということだ。

「大多数の意見と異なった時、こんなに叩かれるのか」、「ネットでここまでひどいことを言われるくらいなら、政治家になんてなりたくない。議論にも一切参加したくない」。

SNSのコメント欄を見て、若い人はそう感じるかもしれない。特に、若い女性、移民風の外見で、ヒジャブなどを被っている人は。

今、ネットで暴言を吐かれている政治家たちは十分にタフなので、暴言の嵐に負けるようなことはない。それよりも、その状況をネットで見て、「社会議論に参加するのは面倒そうだ」、「黙って関わらないのが一番だ」と感じる若者がでることが問題だ。

今の年配の政治家たちは、若い頃にSNS環境で育たなかったため、このようなネット体験を避けることができた。まともそうな大人たちが、名前や顔が出ているにも関わらず、ネットでは驚くほど暴力的な言葉を放つ。「SNSと育つ若者が議論に参加しにくくなるかもしれない」、大人たちはそのリスクを警戒している。

民主主義という言葉にこだわるノルウェーでは、オープンな議論を好む。しかし、感情的で、時に暴言を放つネットトロルの存在は、一部の人々が議論に参加することをためらう原因になりつつある。

自由党のグランデ党首 Photo: Asaki Abumi
自由党のグランデ党首 Photo: Asaki Abumi

ネットで罵倒する人々は、「大人の男性だけではなく、年配の女性だったりすることもある」とダーグスアヴィーセン紙の人物インタビューで語るのは、自由党の党首、グランデ国会議員だ。ノルウェーの右派政権に自由党は閣外協力している。

グランデ党首といえば、軍の問題を議論している会議の最中にポケモンGOで遊んでいて、世界中でニュースとなった。ちなみに、その後はノルウェーのソールバルグ首相も国会審議中にポケモンGOをしているところをキャッチされた。「この前も9才の子が、“ポケモンGOの人だ!”と言って、セルフィーを一緒に撮ったのよ」とグランデ党首は同紙に語る。ノルウェー人はポケモンGOごときで、政治家に職をおりろとは言わない。

話がずれたが、グランデ党首はネットトロルたちに電話をしてこう話すそうだ。「あなたは自分の孫が、学校で同じような話し方をしていいと思いますか?他の人をそういう風に呼んで、本当にいいと思いますか?」と。電話をすぐに切る人もいるが、時には男性と1時間も話し続けることがあるそうだ。

他の政治家もそうだが、グランデ党首には怒る市民から罵倒の言葉がメールで届く。そのメールを直接読んだVG紙の記者はショックで沈黙してしまったそうだ。

「私はもういいんだけれどね、10代の党の女の子たちには過酷だと思うの。若い人たちが怯えて政治の世界に飛び込んでこなくなれば、民主的にも問題です。私が17才の時にこのようなメールを受け取っていたら、地方議員としては出馬しなかったでしょうね」。

「どうしてそんなに怒っているのですか」。グランデ党首は道端で罵倒してくる人々にも声をかけることがあるそうだ。「ごめんなさい」と、適した言い方ではなかったと電話で謝罪する人もいるという。自分の声がまさか本人に直接届いていたとは、想定しなかった人もいたのかもしれない。

ノルウェーでは年内に国政選挙を控えるため、これから選挙運動が活発になる。SNSでの政治キャンペーンもこれまで以上に増えるが、ネット民たちの動きも活発になってくるだろう。意見が異なる人に対し「お前の国に帰れ」、「デブ」、「ブス」、「帰り道は気を付けろよ」、「脳みそ空っぽの馬鹿女」。政策議論ではなくなった時、彼らはノルウェーではネットトロルと呼ばれる。

「お前がきた国に帰れ」。とある人は、イスラム教徒であるタジク女性国会議員(労働党、元文化大臣)にツイッターでこう告げた。タジク議員はそれに対し、「出馬しなさい。もっとましな行動をしなさい。私はこの国に残る」と答えた。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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