ノーベル平和賞の暴露本の内容がすごい 平和賞はやはり政治的だった

平和賞受賞発表者の瞬間、本の著者が右側の人物 Photo:Asaki Abumi

世界で最も名誉があり、議論となる平和賞

ノーベル賞の中でも最も議論されやすい平和賞は、スウェーデンではなくノルウェーで発表・授与される。世界中で話題となる平和賞の受賞者を決めるのは、首都オスロにあるノーベル平和賞委員会のメンバーである、たった5人のノルウェー人だ。この平和賞の裏の舞台は、これまで厳重に機密扱いだったのだが、その暴露本『平和の秘書、ノーベル賞との25年』が17日に発売された。

25年間、平和賞を見守り続けた秘書の暴露本

著者は、1990~2014年の25年間、委員会の議長と秘書として、平和賞の表と裏舞台をずっと見守り続けていたゲイル・ルンデスタッド氏。受賞者が毎年発表される際に、委員長の後ろで、いつも無言で立っていた人物だ。これまで6人の平和賞委員会の歴代委員長をサポートし続け、誰よりも長く平和賞に深く関わってきた人物といえる。

ノルウェー政府関係者にとっては、大爆弾

暴露本の存在が明らかになった出版日前日は、ノルウェーのメディアが速報として大々的に報道した。委員会やノルウェー政府の関係者は、恐らく真っ青になったことだろう。反対に、報道関係者、政治学者、一般国民は、機密情報の暴露に驚きながらも、一部は歓迎し、大きな興味を示した。なぜか?

外国メディアは取り上げないけれど、ノルウェーメディアが毎年批判していたこと

毎年世界で話題となる平和賞だが、外国メディアは受賞者の功績のみに着目しがちだ。テレビや新聞などは伝えられる情報の時間や文字数に限りがあることから、さらに奥に突っ込んだ話題を紹介することが難しい。反対に、情報数に余裕があるノルウェーの報道陣が毎年取り上げ、批判していたことがある、それは平和賞の政治的独立についてだ。

平和賞って、本当に政治的な圧力はないの?

本屋に並ぶ本書 Photo:Asaki Abumi
本屋に並ぶ本書 Photo:Asaki Abumi

委員会は、政治的権力から平和賞は独立していることを強調する。けれど、それは事実ではないことをノルウェーの人々は感じ取っていた。ルンドスタッド氏の暴露本が、それを徹底的に裏付けたのだ。

筆者も平和賞のことは継続的に取材しており、同じことを疑問に思っていたので、一気に読破した本書は非常に読み応えがあった。資料として貴重度が高いので、恐らく今後は英語などに翻訳されることは間違いないだろう。

317ページもあるが、大事な個所にマーカーを引いていたら、ほとんどのページが黄色で埋まってしまった。後半は、たまらなく面白い。

平和というのは政治的だ

政治的独立は可能か?いや、それは必然的に、無理だ。というのが、本全体から伝わってくる。ルンデスタッド氏も、「平和というのは、政治的だ」と強調している。だから、「選考メンバーの経歴が政治家であることは問題ない」、ただし、「過去に首相や外務大臣だった人物は、委員のイスに座るべきではないだろう」と述べている。

本書では、ノルウェーの各政党やノルウェー外務省がどれだけ委員会と密接につながっているかがわかる。中国の劉暁波氏に平和賞が与えられる前後から、中国や関係各国から圧力があったかことが記録されている。

次期首相候補が、圧力をかけていた

労働党党首のストーレ氏 Photo:Asaki Abumi
労働党党首のストーレ氏 Photo:Asaki Abumi

今回の本書でノルウェーの人々を驚かせたのは、次期首相候補であり、労働党の現党首ヨナス・ガール・ストーレ氏が、2度にわたり、委員会に圧力をかけていたことだ。当時の委員長であったトルビョルン・ヤーグラン氏に、両国の外交に悪影響がでることを懸念し、劉暁波氏への授与に関して、警告していた。

首相の微妙な立ち位置

マララ・ユサフザイさんなど、有名で人気な平和への貢献者が来たときは、会談や夕食を共にしようと必死になる政治家たち。だが、外交に影響がでる相手だとわかると、見えない圧力をかける。しかし、国内メディアや国際的な批判などを考慮して、毎年のように、首相は結局お祝いの言葉を述べる。

「中国との関係悪化を懸念するなら、当時のストルテンベルグ首相は、平和賞と政府は無関係であることを強調するために、正直に委員会の決定には懐疑的であることを、テレビの前で言うべきだった。首相がお祝いの言葉を述べて、中国が怒るのは仕方がない。ノルウェー政府は、自分たちの立ち位置を明確にするべきだ」という旨の内容を述べている。

ノルウェー政府が、誤解をされるような平和賞との中途半端なかかわり方をしていなければ、現在も継続している中国との国交悪化は、ある程度避けられただろう、ということだ。

平和賞を得るために群がる人々

今年は日本の憲法9条や被ばく団体関係者も、平和賞候補にノミネートされている。さて、ノミネートされて、最終的に選ばれたい時はどうすればいいのか?その舞台裏も書かれていた。推薦者たちは、委員会のメンバーに気に入られようと、オスロを頻繁に訪ねてくる。こっそりと贈呈品を渡そうとする者もいる。活動をアピールするために、ノルウェーにきて、現地メディアに記事として取り上げてもらおうとする者もいる。委員会の事務所ロビーでは、そのような「ロビー・ビジネス」があるそうだ。ルンデスタッド氏は、贈り物などでメンバーの心は動かないが、現地で報道されたりすることが、まったく影響していないとは名言していない。

オバマ大統領の平和活動の手助けにはならなかった

平和賞は、平和活動にすでに貢献した人だけではなく、授与後、「受賞者の活動に後押しとなるように」、との「希望」もこめられている。だが、大きな議論となったオバマ大統領については、「平和賞の授与は、アメリカ国内で批判を巻き起こし、オバマ大統領の平和的活動には、委員会が期待していたほど貢献できなかったようだ」と述べている。

ちなみに、本の出版が発表された日は、ノルウェーメディアが本をしっかり読まずに、誤読して、「オバマへの授与は、間違いだった」という見出しを載せてしまった。それは一部の英語のメディアでも掲載されてしまったようだ。これは間違いであり、同氏はむしろ「授与はある程度は正解だったが、委員会が期待していたほど、平和賞はオバマ大統領の活動の手助けにはならなかったようだ。オバマはまだすべての期待には応えられていないが、それは時がたてばわかるかもしれない」という旨を書いている。

委員長との確執の事実

ほかにも、ノルウェーメディアが頻繁にネタとして取り上げていた、前委員長ヤーグラン氏との人間関係は報道されるほど悪くなかったこと、ヤーグラン氏の英語レベルを批判していたわけではなかったこと、スウェーデンのノーベル賞委員会との複雑な関係、過去の受賞者とのエピソードを明らかにし、ノルウェー人が平和賞を受賞するのは現実的に難しいこと、受賞者の名前の発表前に情報が漏えいすることがあることなどを語っている。

また、平和賞委員会は今後どうあるべきかも提案すると同時に、新しい委員長への期待と不安要素、マララ・ユサフザイさんなど、将来的にどのような人物になるか予測不可能な若者に授与することへの心配点も述べている。委員長の影響力がメディアでは取り上げられやすいが、ほかのメンバーも意見が強く、受賞者決定に大きく関わっているので、記者はほかの関係者にも目を向けるべきだ、としているのは興味深かった。

この本は、色々な意味で大爆弾だ

本書は、これまで秘密にされていた平和賞の真実を知りたかった人にとっては、宝のように貴重な資料だ。平和賞にノミネートされたいと考えている関係者、研究者、報道関係者にとっても、ある程度のガイドブックになる。反対に、ノルウェー政府や外務省の関係者にとっては、大きな爆弾となった。

ノーベル平和委員会に必要なのは、公開性

ルンデスタッド氏は、出版の目的について、「ノーベル制度は秘密に包まれていて、それはある程度は必要だが、全てが秘密であるべきではない。昔とは違い、今は一般にもっと情報公開がされるべき時代」と、本書でオープンな情報公開と議論が発展することを望んでいる。

Photo&Text:Asaki Abumi