うつ病に苦しんた『叫び』の天才画家ムンクはまさに今の現代人?余生を過ごしたアトリエを訪ねて

波乱万丈な人生を過ごしたムンク Photo:Asaki Abumi

ノルウェーを代表する画家エドヴァルド・ムンク。『叫び』や『マドンナ』などの数多くの代表作品を残した。ムンクがかつて住んでいた住居や作業場、好んで通っていた飲食店が今でも現存している首都オスロには、世界中からファンが押し寄せる。

一度見たら忘れられない『叫び』
一度見たら忘れられない『叫び』

Edvard Munch: The Scream, 1893, The Munch Museum, Oslo

Photo (C) The Munch Museum

ムンク美術館のキュレーターであるぺトラ・ペッテルセン氏に招かれて、ムンクが余生を過ごしたアトリエを訪ねる機会に恵まれた。オスロ郊外にある「エーケリー」というエリアは、中心地からさほど遠くない。夏になると、アトリエは観光客向けに無料でオープンされる。

絵画に登場するリンゴの木 Photo:Asaki Abumi
絵画に登場するリンゴの木 Photo:Asaki Abumi

1916年から亡くなるまでの1944年の間、ムンクはここで数々の作品を生み出した。同時に、ムンクが果物や野菜の畑作りという趣味に没頭した場所でもある(ムンクは実はベジタリアン)。ペッテルセン氏が、絶版となっている書籍を取り出し、写真と照らし合わせながら、「ほら、複数の絵画に描かれているリンゴの木が、あそこにまだ残っていますよ」と教えてくれる。作品の舞台がまだ現存しているとは、なんとも不思議な気分。

ムンクの絵につきまとう、死の影

筆者のお気に入りの1枚である『星空』は、まさにここで描かれたものだ。青い冬の空と、死の訪れを感じさせるムンクのぼんやりとした影が印象的な作品だ。

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Edvard Munch: Starry Night, 1922, The Munch Museum, Oslo

Photo (C) The Munch Museum

ミシミシと古い木材の音がきしむ階段を上がり、玄関の扉を開けると、殺風景な白い小さな空間が広がった。

冷たい空気が流れる、一番大きな部屋 Photo:Asaki Abumi
冷たい空気が流れる、一番大きな部屋 Photo:Asaki Abumi

地下を含むと、内部は3つの部屋にわかれている。ムンクが作業中の昔の写真を見ると、まさにこの部屋で絵が描かれていたのがわかる。

奥の小部屋。夏は装飾され一般オープンされる Photo:Asaki Abumi
奥の小部屋。夏は装飾され一般オープンされる Photo:Asaki Abumi

雪の上に作品を置いていたから、修復作業が大変!

「ムンクはインスピレーションを得るために、複数の絵を陳列させることを好んでいました。額縁を嫌っていた人なので、額縁なしで、屋外で地面の上にそのまま置いていたのです。だから、雪や雨風のダメージを受けた絵が多い。その修復作業は大変ですよ」と説明してくれた。

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Edvard Munch in the winter studio at Ekely, at his 75th birthday in 1938, Foto Ragnvald aering (C) O. aering Eftf.

「悲劇の顔」を描く画家の孤独な人生

ムンクは波乱万丈な人生を送ってきた人物だ。病気で家族に先立たれ、うつ病となり、精神的に不安定な時期を何度も通り過ぎている。人間としての弱さや欲望を、ありのままに描く作品には、国籍関係なく、多くの人々が無意識に自らを重ねて共感する。

ムンク作品には、恐怖に怯える顔、表情のない幽霊のような顔、死人の顔、後悔する顔など、「悲劇の顔」が頻繁に登場。酒の誘惑を断ち切れずに憂鬱そうな顔、異性との夜の後に後悔する顔と勝ち誇った顔、性欲を抑え切れない顔、他人をバカにしている顔など、人間の欲望がありありと描かれている。見る者に「これはわたし」、「これはあの人」と思わせてしまう、不思議なパワーをもっているのだ。

アトリエ地下室、奥にはムンクの白黒写真 Photo:Asaki Abumi
アトリエ地下室、奥にはムンクの白黒写真 Photo:Asaki Abumi

最後の10年ほどで描かれた自画像には、死と向き合う寂しげな老人の姿が描かれており、人間の心理が絶妙に映し出されている。人生に悩んで、悩んで、その感情を、「私の子どもたち」と呼んだ自らの作品に込めたムンク。歳を重ね、多くの人間関係や挫折を経験した人なら、ムンクの作品にさらに感情移入できるのではないだろうか。

※5月9日~9月6日は、ムンク美術館で「ファン・ゴッホ+ムンク」展が開催予定

Text:Asaki Abumi