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ヒップホップ誕生50年 発祥の地NYで今起こっていること:「文化」を基点とした新たな街づくり

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ブレイクダンスを披露する若者。1984年5月11日、ニューヨーク市内で。(写真:Shutterstock/アフロ)

日本をはじめ世界中で大人気のアメリカン・カルチャー、ヒップホップ。

この文化は1973年にニューヨークで誕生し、その後西海岸へと広がり、さらには日本をはじめとする世界各国にも拡大していった。つまり今年は、ヒップホップ生誕50周年の記念の年にあたる。

ヒップホップの起源

「ヒップホップはここブロンクスで、70年代初頭に誕生しました」

そう説明するのは、生まれも育ちもブロンクスの元DJ、ロッキー・ビュケーノ(Rocky Bucano)さん。 メジャーリーグのヤンキースタジアムから徒歩12、3分のウォーターフロントにある、ヒップホップの歴史を展示する体験型博物館、ユニバーサル・ヒップホップ・ミュージアム(UHHM)で館長を務める。

UHHM内。現在の場所は限られた敷地面積だが、所狭しとアーティストからドネーションされたヒップホップ関連の資料が集められている。(c)Kasumi Abe
UHHM内。現在の場所は限られた敷地面積だが、所狭しとアーティストからドネーションされたヒップホップ関連の資料が集められている。(c)Kasumi Abe

{R]Evolution of Hip Hop @UHHM (c)Kasumi Abe
{R]Evolution of Hip Hop @UHHM (c)Kasumi Abe

ヒップホップは今からちょうど50年前の73年8月、ニューヨーク市北部に位置するブロンクス区で産声をあげたとされる。

今でこそこの地は再開発地区に指定され、新複合施設や住居用コンドが続々と建設中で、ヤンキースの試合観戦でやって来た観光客の姿もよく目にする。しかしヒップホップが誕生した70年代は、貧困と暴力、ドラッグ、ギャングが蔓延るネイバーフッドで「まるでウォーゾーン(荒廃した戦地のよう)だった」(ビュケーノさん)。今でも場所によっては犯罪率が高い地区が残っている。

ブロンクスなど市内各地の治安、犯罪発生率は?

ヒップホップ音楽の原型が誕生したのは73年8月11日、黒人(ジャマイカ系)の若者がサウスブロンクスの団地内のイベント会場で開いたパーティーであると、当地で語り継がれている。*

夜中に開かれたバックトゥスクール(新学期直前)パーティーで、後にヒップホップ界の父として名を馳せたDJクール・ハーク(DJ Kool Herc)ことクライブ・キャンベル(Clive Campbell、当時18歳)が妹のシンディと主催したものだった。

*参照

kennedy-center.org

britannica.com

histry.com

DJ Kool Hercは左から2番目と見られる。2015年のイベントにて。
DJ Kool Hercは左から2番目と見られる。2015年のイベントにて。写真:Shutterstock/アフロ

  • ヒップホップ生誕50年の関連イベント「Hip Hop Til Infinity」(詳細は後述)で展示されているバックトゥスクール・パーティーの案内状。団地(住所1520 Sedgwick Ave.)のイベントルームで、73年8月11日の午後9時から翌朝4時まで、パーティーは催された。女性25セント、男性50セントという入場料が、時代を感じさせる。
出典:Holl des Lumieresが展示する資料。案内状にフォーカスするため筆者によるトリミング済み。
出典:Holl des Lumieresが展示する資料。案内状にフォーカスするため筆者によるトリミング済み。

ヒップホップ音楽の原型の誕生については諸説ある。

例えばワシントンポストは、She threw a party to buy school clothes. Hip-hop was born that night.(彼女は新学期の服を買うためにパーティーを開き、その夜ヒップホップが誕生した)というタイトルで、シンディが開いたパーティーで起こった現象が「半世紀にわたるヒップホップの道を切り開く遺産となった」と、歴史家の声を添えて報じた。73年8月11日については「ヒップホップにとってもっとも重要な日」「ヒップホップ誕生の分岐点」とした。

ニューヨークタイムズの説明はこうだ。

「73年8月11日は、前述の場所でDJクール・ハークが同じアルバムの2つのコピーを初めて1つのシームレスなブレイクビーツにミックスした日と伝えられている」。この日はヒップホップ・カルチャーというビッグバンの瞬間を語る上での1つのエポックということになるが、文化の誕生について「決して一つの方法(現象、イベント)からではない」と同紙。 ヒップホップのそれぞれの要素については「50年以上前から存在している」。

ストリートや広場で今も昔も(屋台やステージパフォーマンスがある)ブロックパーティーが頻繁に催されるが、さらにそこでDJプレイが組み込まれるなどし、ヒップホップ音楽の原型が市内全域に広がったとされる。そして全米、世界で一大カルチャーとして昇華した。

「音楽のジャンルではなく単なるパーティーだった」(前述のワシントンポスト)とあるように、無論、最初は"Hip Hop"なんて言葉はなく、ある資料には「そう呼ばれるようになったのは、最初のパーティーから6年後」という情報も。

さらに文化の派生はDJクール・ハーク一人の功績ではなく、いずれもヒップホップ界の重鎮となったDJディスコ・ウィズ、グランドマスター・フラッシュ、アフリカ・バンバータなど、アフリカ系やカリブ系の10代の若者が中心となり、DJプレイ、ラップ(MC)、ブレイクダンス、グラフィティなど総合的なヒップホップ・カルチャーの土台が確立されていったようだ。

UHHM館内。アリゾナから観光で訪れた親子に話を聞くと「西海岸のヒップホップはビートが効いていて自分の好み。翻って東海岸はよりメッセージ性が強い」と地域性を教えてくれた。(c)Kasumi Abe
UHHM館内。アリゾナから観光で訪れた親子に話を聞くと「西海岸のヒップホップはビートが効いていて自分の好み。翻って東海岸はよりメッセージ性が強い」と地域性を教えてくれた。(c)Kasumi Abe

「今やヒップホップはニューヨークだけのものではなく、グローバル・フェノメノン(世界規模の現象)です。そして日本なら日本のスタイルと、その土地ごとにスターが排出され独自のスタイルになって進化しています」とビュケーノさん。ちなみに彼にとってジャパニーズ・ヒップホップとは?と尋ねると、「アメリカのスタイルに似ているけど、ルーツである日本語を駆使し、独自の発展を遂げているように見えます」と説明した。

上院はヒップホップが生まれた8月11日を“記念日”に

もちろん起点となった70年代のヒップホップの誕生、そして進化の背景には、社会から阻害された貧困層の若者の鬱憤があったことは無視できない。不満の捌け口やアンチテーゼ、反骨からくるパワーが、黎明期の原動力になったのは言うまでもなかろう。

誕生50年の祝賀イベント、市内で続々開催

ヒップホップ誕生から半世紀を記念し、ニューヨーク市内では今年1年を通じて、さまざまな関連イベントが開かれている。

◉ 前述の博物館UHHMでは、ヒップホップの歴史の没入型展示、[R]Evolution of Hip Hopが開催中

◉ 今月13日まで市が支援する町おこし的なイベントも。市内5区のストリートでDJを迎えたブロックパーティー、5x5 Block Party Series – Celebrating Hip Hop’s 50th Anniversary

◉ 8月2日〜9月17日、ホール・デ・ルミエール(Hall des Lumieres)では、没入型イマーシブ・デジタルアート展、Hip Hop Til Infinity

◉ ブルックリン公共図書館ではHip-Hop 50と題し、Jay-Zに関する大型展示イベント、The Book of HOVが10月まで開催中。初日には、Jay-Z自身がここ(地元)を訪れ、ファンを沸かせた

UHHM内。デジタルでグラフィティができる体験コーナーを紹介するビュケーノさんの息子、カイラさん。(c)Kasumi Abe
UHHM内。デジタルでグラフィティができる体験コーナーを紹介するビュケーノさんの息子、カイラさん。(c)Kasumi Abe

イマーシブ(没入型)アートのHip Hop Til Infinity. 最新技術を駆使した映像が壁や床など360度投影されるインスタレーション。 (c)Alexander Paterson-Jones
イマーシブ(没入型)アートのHip Hop Til Infinity. 最新技術を駆使した映像が壁や床など360度投影されるインスタレーション。 (c)Alexander Paterson-Jones

Jay-Zを見るために集まったファン@Brooklyn Public Library. (c)Kasumi Abe
Jay-Zを見るために集まったファン@Brooklyn Public Library. (c)Kasumi Abe

ヒップホップを基点に変わる街の風景

貧困、暴力、ドラッグとひと昔前のイメージを払拭したいブロンクス。黒歴史を持つこの街では近年、ヒップホップという世界的な一大文化を基点に、新たな街づくりが進められている。

ビュケーノさんによると、ジェントリフィケーションが進むサウスブロンクスのウォーターフロント(UHHMの向かい)で現在工事中なのは23階建ての複合施設、ブロンクス・ポイント。上階は低所得者向けアフォーダブル・ハウジング(抽選制)となり、現在4万の応募が来ているという。

この1階と2階に新たなヒップホップ専門の常設博物館がオープンする。5万5000スクエアフィート(5109平米)の広い館内には2つのシアター、川を望む洒落たレストラン&バーやテラス席、土産屋も含まれる。

内装工事中の新UHHM館内をひと足早く見せてくれた、館長のビュケーノさん。来年末〜25年始めの開館を目指す。 (c)Kasumi Abe
内装工事中の新UHHM館内をひと足早く見せてくれた、館長のビュケーノさん。来年末〜25年始めの開館を目指す。 (c)Kasumi Abe

「ここが完成したら新たなニューメッカ(文化発信基地)になるでしょう。(ニューヨークを訪れたことがあっても)多くの人はまだブロンクスに来たことがないかもしれない。この博物館を目的に、ブロンクスを訪問するきっかけになれば嬉しい」。ビュケーノさんは胸を膨らませる。

ヒップホップの歴史を次の世代へ伝える貴重な博物館として、一大カルチャーの聖地として、世界のヒップホップファンにとって新たなデスティネーションとなり、観光事業を通しブロンクスという街がますます活性化していきそうな予感だ。

#HipHop50

#ヒップホップニューヨーク

(Text and some photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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