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ハリー王子はなぜここまで暴露するのか?米テレビ番組で本人が語った「告白の真意」

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
暴露本『スペア』発売初日、英国ロンドンの書店にて。(写真:REX/アフロ)

アメリカで本の売れ行き絶好調

10日に発売したハリー王子の回顧録『SPARE(スペア)』。

本の中でハリー王子は、兄のウィリアム皇太子や父チャールズ国王との確執から、コカインなどの麻薬使用、年上女性との初体験の描写、アフガニスタンでの敵兵25人の殺害など、数々のショッキングな内容を事細かに暴露し、世間を驚かせている。

英王室のあるイギリス国内の世論は辛辣だ。ハリー王子の支持率急落も伝えられる。英国民にとって、自分たちの愛する英王室一家が、ハリー王子夫妻により虐げられているのだ。これ以上の屈辱はないだろう。

王室がなく、王室に嫁いだ妻(メーガン夫人)の出身国で、夫妻の受け入れ(移住)先となっているアメリカでの、この本の受け止めは非常に良い。

売り上げは、発売初日の10日だけで、アメリカ国内で40万部が売れたと発表され、11日付のニューヨークタイムズによると、予約注文も含め米国、カナダ、英国の初日の売り上げは143万部にも上るという。この数字は、大手出版社ペンギン・ランダム・ハウスがこれまでに出版したノンフィクション本の中で、初日売上高の最高記録だそうだ。

アメリカの世論からは同情を買っているハリー王子夫妻であるから、本の内容に対する評価もかなり良い。米アマゾンのレビューは今のところ、総合4.5で圧倒的に5星が多い。

筆者もニューヨーク市内の本屋を覗いてみた。ちょうど新年のセール中のため、大多数の割引対象商品がフロア全体を占領している中、『スペア』はレジ周りに陳列されていた。店員によると、この店でも売れ行きは良いという。

市の公共図書館はどうなっているか探ると、ブルックリンの図書館だけで179部が入荷しているが、発売日当日ですでに1219人が待ちの状態だった。

本の発売後、ニューヨーク市内の書店にて。(c)Kasumi Abe
本の発売後、ニューヨーク市内の書店にて。(c)Kasumi Abe

本の発売を前に、ハリー王子はアメリカでいくつかのテレビ番組に出演した。

CBS局の長者番組、『60ミニッツ』と『ザ・レイトショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』などだ。前者はベテランキャスターのアンダーソン・クーパー氏によるインタビューで、後者はベテラン司会者スティーヴン・コルベア氏によるトークショー。どちらも人気番組だ。

前者の番組は、クーパー氏による真剣なインタビューとなった。ちなみに番組側が放送前、英王室報道官にコメントを求めたところ、英王室から放送前に番組内容の開示を求められたという。番組は公平で対等なジャーナリズムの見地から開示要求に応じなかったことが伝えられた。

後者の番組の司会者、コルベア氏はコメディアンだ。“スペア”(予備)の椅子を王子にメンションし、この日は特別にテキーラを飲みながらリラックスした状態で終始笑いに包まれトークが進んだ。王子はお酒を呑んでいるせいかテンションが高めで、トーク内容は(おそらくイギリスでは許されないだろう)下ネタとピー音も交えた。(男性器や下着の呼び方のイギリス英語とアメリカ英語の違いと双方のリアクションも興味深く、笑いを誘った)

それらのテレビ番組に本人が出演し直接コメントしたことで、いくつかの疑問が本人により解き明かされた。

疑問1

王子はなぜここまで英王室や自身の人生を暴露するのか?

本の中で幾度となく、人目やメディアから「消え」、静かに暮らすことが望みだったと示されており、米カリフォルニア州に移住した2020年はパンデミックによるロックダウンで、静かに暮らすことができたと王子はテレビで明かした。「自分を取り巻く社会やコントロールからの解放を味わうことができた。できれば今後も静かに暮らしていきたかった」と本音を漏らすも、妻(メーガン夫人)についてのリークや偽情報を好き勝手にメディアに書かれ続けたことから「匿名のソース(情報源)からの情報はタブロイドの餌食となり読者を過熱させ、妻と子を傷つけることになりかねない」と危機感を覚えた。そのため「腰を据えて、真実を自分の口から直接話す必要があると感じた」と言う。

「この本に書いてある情報は、匿名のソースによる情報ではない。すべて自分の口から出たものだ。ソースは自分(だから偽情報はない)」と述べた。

クーパー氏は「(英王室はあなたによって)『会話がリークされ、どうやって信じられる?』と言っているが」と食い下がると、王子は「事の始まりは妻に対する日々のでっち上げからで、その結果我々は国を追われるに至った」と、自分たちはあくまでも被害者という姿勢を崩さなかった。

疑問2

なぜアフガニスタンでの敵兵殺害を詳細まで書いたのか?

嘘偽りのない情報を自らの口で言うにしても、アフガニスタンで殺害した25人のタリバン兵の話など、告白が過ぎるのではという意見が上がっている。アフガニスタンでは抗議運動も起こっていると伝えられる。

王子自身はまず「この会場に元兵士はいますか?」と視聴者に問いかけた。会場からは拍手と歓声が上がった。

(注:アメリカでは国を守る兵士、元兵士=退役軍人は崇められ、ヒーロー扱いされる)

王子はこのように述懐した。「殺害人数も含めこれらの告白は、聞く側にとって居心地が悪いものであることは承知です。自分にとっても執筆内容でもっとも危険でチャンンジングなことの1つだった。自分を危険に晒すことになるのは疑いの余地はない」。

コルベア氏が「自分と自分の周りの愛する人たちが標的になる可能性が高まるということですね」と問うと「そうです」と答え、「それでもあえて書くことを自ら選択した」と言った。

ではそのような危険を覚悟の上で、なぜ書いたか?

「この事実を恥と思わずに、詳細に至るまで正直に本でシェアすることで、(PTSDに苦しむ世界中の元兵士の)自殺者を減らすためだ。これが本で伝えたかった自分の目標だ」

会場は大きな拍手と歓声に包まれた。

番組の中では、このように述べたハリー王子も印象的だ。

「この美しいアメリカは素晴らしい所です」

新天地アメリカが心から気に入っている様子のハリー王子。アメリカ人にとってはこの上ない褒め言葉である。ハリー王子とコルベア氏は2杯目の杯を交わす。

王室のある英国と比べ、米国では夫妻を擁護する声が多く上がっている。行く先々で温かく迎え入れられているだろう。

一方で王子は、父とも兄ともしばらくやりとりをしていないと言う。「間違ったことをしたのであれば謝りたいと言っているけれど、相手は何も言ってこない」「しかしながら、心の中では家族であることは今後も変わらないし、もう一度家族としての要素が戻るといいなと思っている」。このように、仲違いしている家族に対する思いを寄せることも忘れなかった。英王室メンバーにはもう戻るつもりはないことも明かした。

ピープル誌の今月の表紙も飾った王子。今月はさまざまなシーンでこの顔を見かける。

(Text and a photo by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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