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全米初「ヘロインを安全に打てる施設」がNY市で開設。その理由とは?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
イメージ写真。(写真:Paylessimages/イメージマート)

ニューヨーク市では11月30日、全米初の公的認可された「違法薬物を『安全に』摂取できる施設」が運営開始されることが発表された。デブラシオ市長が書面で発表し、地元紙のニューヨークタイムズデイリーニュースなどが報じた。

この施設は「過剰摂取防止センター(Overdose Prevention Center=OPC)」というもの。マンハッタン北部に位置するイーストハーレム地区とワシントンハイツ地区の2箇所に置かれる。この施設内では、ヘロインなどの薬物中毒者が、監視下で逮捕されることなく薬物を摂取することができる。

アメリカをはじめ世界各国では近年、ハードドラッグのオーバードース(過剰摂取)や依存症による死者数が急増し、社会問題となっている。

ニューヨーク市の発表では、昨年1年間だけで、薬物の過剰摂取による死者数は全米で9万人以上、市内では2000人以上に上った。また今年1〜3月の間だけでも596人が死亡している。これは2000年に記録が始まって以来最多となっており、これらの死因に絡んだもっとも一般的な薬物はオピオイドだという。過剰摂取防止センターを開くことで、年間130人の命を救うことができると見られている。

「安全に」ヘロインを打てる施設、なぜ必要?

ハードドラッグ系の薬物中毒者は通常、室内や路地裏、公衆トイレなど隠れた、そして決して清潔とは言えない場所で違法薬物を摂取することが多いが、最近は路上でも堂々と打つ姿が市内でも確認されている。

非営利団体のピュー慈善信託の発表によると、過剰摂取防止センターのような監視された環境は「安全で清潔な場所」と見なされており、そのような場所を提供することで、中毒者(患者)を更正・治療プログラムへと導き、薬物の過剰摂取を防いで、死亡のリスクを減らす効果があるとされている。

このような施設は、世界中で昨今高まるオピオイド危機(麻薬系鎮痛剤の過剰摂取問題)に対応するため、隣国カナダのバンクーバーなど27都市に存在するという。

デブラシオ市長や市の最高保健当局長はこの日の声明で、「過剰摂取防止センターは、オピオイド危機に対処するための安全で効果的な方法だ。ニューヨークもこういったより賢いアプローチにより、問題解決に向かう先行事例都市になることを誇りに思う」と述べた。

2箇所の過剰摂取防止センターは共に非営利団体が運営し、市は資金を提供するシステムだが、直接運営にはタッチせず、人員の配置などもない。また施設では、オピオイドの過剰摂取や急性中毒のためのナロキソンや清潔な針などは提供されるが、薬物自体は患者が持参する仕組みだ。コロナ禍によりしばらくはオンラインが主体の運営となりそうだ。

これまでもデブラシオ市長は市内に同様の施設を開設したい考えを示してきたが、クオモ前知事やトランプ前大統領によって阻止されてきた。市長の任期満了まであと4週間となった今、深刻化する違法薬物への対策として大きく舵を切った形だ。

一方で、このような施設の運営で北米をリードしてきたカナダのブリティッシュコロンビア州などでは、相変わらず過剰摂取による死者数が伸び続けている事例がある。また、このような施設を作ることにより中毒者とドラッグディーラーがその地域にさらに集まり、治安が悪化する事例も報告されている。

こういったことから、施設の有効性については疑わしいという声、施設の開設は薬物乱用を助長するだけであり、麻薬の乱用の根本原因にこそ焦点を当てるべきだと反対する声も出ている。また、このような施設の開設自体が連邦規制物質法に反するものだとし、反発を唱える市議会議員もいる。市長の置き土産とも言えるこの大胆な対策が、この後どのような影響を街に与えることになるだろうか。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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