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米国代表はコロナ禍の今大会をどう受け止めているか? 東京オリンピックまで【100日】

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
オリンピックは7月23日~8月8日、パラリンピックは8月24日~9月5日の予定。(写真:ロイター/アフロ)

4月14日、東京2020オリンピック(五輪)まであと100日となった。日本では聖火リレーが始まり、少しずつオリンピック・パラリンピックムードが高まっている。アメリカでも同競技大会に向け、メディアを対象としたサミットが開かれた。

米オリンピック・パラリンピック委員会(The United States Olympic & Paralympic Committee)が主催した「Tokyo 2020 Team USA」(4月7日〜9日)は、コロナ禍により初のオンライン形式で行われた。全米各地や国外で最後の仕上げをしている代表選手(一部候補)約100人が参加し、委員会メンバーらと共に東京オリンピック・パラリンピック(以下オリンピック)への抱負を語った。

ここではサミット3日間のハイライトを紹介する。

安全面が第一優先

記者からもっとも質問が集中したのは、大きく2点だった。

1. 練習および競技をする上での安全対策

2. 昨年延期になったことによる精神面への影響、気持ちの立て直し、ロックダウンをどう乗り切ったか

安全面については、新型コロナウイルスのワクチン接種をしたか否かの質問が多く出た。アメリカの代表選手は一般国民と同様に、新型コロナワクチンの接種を奨励はされているが、あくまでも任意であり「義務」ではない。また、優先接種の対象でもない。

しかし選手に聞いてみると「すでに打った」もしくは「予約済みでもうすぐ1回目を打つ」などと答えた選手が多かった。万が一の副作用を考え、今の時期に済ませているようだ。「居住地で接種可能な年齢に達していない*」などの理由で打ってないと答えた選手もいたが、多くはワクチン接種に好意的な姿勢を見せた。「万が一自分が感染でもしたらチームや周りに迷惑をかけてしまうから、絶対にそれは避けたい」というのが理由のようだ。

  • * アメリカでのワクチン接種は各州主導で行われている。

また感染拡大防止策として、今大会は日本国外からの一般観客の受け入れはできないことになっている。つまり選手の家族は、日本で応援ができない。

初出場のリオで4つの金メダルと1つの銅メダルを獲得し、東京でもメダリスト有力候補の、体操のシモーン・バイルズSimone Biles)選手は、「再延期や中止の可能性を聞いたときはナーバスになったが、そこに住む人々の安全のために、国外の観客を受け入れない試合になるとアナウンスされてからは安心し、気持ちが随分と落ち着いた」と心の揺れを振り返った。

また、「オリンピックとは、普段はバラバラの各国の代表アスリートが一堂に集まりベストを尽くす場で、世界平和そのものだと思う。いい試合になるでしょう」と100日後を見据えた。

「100日後と聞けばすぐのような気もするし、3ヵ月先と聞けばまだ先のような気もする」と、体操のバイルズ選手。
「100日後と聞けばすぐのような気もするし、3ヵ月先と聞けばまだ先のような気もする」と、体操のバイルズ選手。写真:長田洋平/アフロスポーツ

ほかの選手も概ね、海外からの観客受け入れ中止について「問題なし」という考えのようだ。

過去2度オリンピックに出場し、5つの金メダル、1つの銀メダルを持つ水泳のケイティ・レデッキーKatie Ledecky)選手は、安全のために、またトレーニングに集中するために、この1年間家族の誰とも会っていない。

もちろん1日も早く家族に会いたいと本音を覗かせたが、もうしばらくお預けだ。それもこれも、すべてはオリンピックで「勝つ」ため。

「この数年間、毎朝コーチより『特別モーニングトレーニング』を受けてきた」とレデッキー選手。それは「前夜より翌朝、より早く泳ぐことができるようになる秘策の特訓」という。オリンピックというゴールが彼女の現在のすべてだ。コメントからは、大会への本気度、「勝つ以外に選択肢はない」ほどの揺るぎない自信が伝わってきた。

水泳のレデッキー選手。もうすぐ選考レース「オリンピックトライアル」が待っている。
水泳のレデッキー選手。もうすぐ選考レース「オリンピックトライアル」が待っている。写真:ロイター/アフロ

共にオリンピックに2度出場歴があり金メダル保持者の女子サッカー、ベッキー・サウアブランBecky Sauerbrunn)選手も「家族が試合を観に来ることができないのは残念だけど、故郷で応援してくれているから大丈夫。何より安全に試合を開催できることがもっとも大事なこと」と答えた。ミーガン・ラピーノMegan Rapinoe)選手も「祝いのパーティーは帰国してから、家族と共に!」と相槌を打った。

ロックダウンが与えた影響

次に、1年延期になったことがメンタルにどう影響したか、またロックダウン中のユニークな訓練方法などにも質問が及んだ。

選手は皆、口を揃えて「辛い1年だった」と、心の中の葛藤を明かした。昨年の大会がなくなり選手は「目標」を見失った。「再延期なのか中止なのか」や「延期の場合の時期」がしばらく宙に浮いた状態だったため、まるで暗いトンネルの中にいるような、不安で落ちつかない日々が続いたという。

「新型コロナで多くの命が失われ失業者も増えるなど、ロス(喪失)の1年だった」と振り返るのは、陸上のアリソン・フェリックスAllyson Felix)選手。6つの金メダル、3つの銀メダル保持者で、5度目のオリンピックを迎える。先行き不安の状態で「気持ちが前に進めなかった」と言う。「でもそれを考えてもしょうがないので、気持ちをそこにフォーカスすることを止め、自分に今できることをしようと決めた」と言う。

まず、感謝日記をつけ始めた。感謝することを毎日見つけて書き留めることで、感情的にならずポジティブな気持ちでいられたと、心を安定させる秘策を披露した。また身体的には、ロックダウンで陸上トラックが使えない時期、あるときはストリートでまたあるときはビーチで「走ることができる場所ならどこでも」練習を続けた。「これまで近所をジョギングしたことはあったけどスプリント(短距離の全力疾走)はなかったので、ご近所さんも驚いたでしょう!」。

プライベートでは、2年前に女児を出産、一児の母となって初のオリンピックとなる。今年35歳の彼女は、「引退の時期はいつにするかは決めていないけど、今年は(自分にとって)最後のオリンピックを予定している。だからとても楽しみにしているし、自分のベストを尽くして頑張ります」と笑顔を見せた。

陸上200,400メートルのフェリックス選手。「今回が最後のオリンピック」と本人。
陸上200,400メートルのフェリックス選手。「今回が最後のオリンピック」と本人。写真:松尾/アフロスポーツ

東京オリンピックで実施される33競技の中には、新たに「空手、ソフトボール、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィン」の5競技が追加されている。

「日系アメリカ人としてこの国を代表し、日本で闘えることがとても楽しみ」と話すのは、空手の国米桜Sakura Kokumai)選手。国米選手はハワイと日本の両方で育った。「空手が大好きで、数年間このためにトレーニングしてきた」。追加種目になって喜んだのも束の間、延期が決まった時は「今後中止もあり得るかもしれず怖かった」。不確定の中でもロックダウン中は自宅ガレージにウエイトトレーニング、空手マット、鏡を備え付け練習を続けた。「日本の家族や知り合いが私を待ってくれているから、落ち込む時間はなかった。この1年でメンタル的に強くなった」。

ロックダウン中の練習については、ほかにも面白いエピソードが飛び出した。2度目のオリンピック出場となる柔道のアンジェリカ・デルガドAngelica Delgado)選手は苦笑いしつつ「フィアンセを投げ飛ばしました」と、困難時に支えてくれたパートナーに感謝した。

空手の国米選手。
空手の国米選手。写真:ロイター/アフロ

パラ水泳で23個のメダル(金13、銀6、銅4)保持者のジェシカ・ロング選手。ロックダウン中は、室内バイクで特訓。「5回目のパラリンピックが楽しみ」と笑顔で語った。
パラ水泳で23個のメダル(金13、銀6、銅4)保持者のジェシカ・ロング選手。ロックダウン中は、室内バイクで特訓。「5回目のパラリンピックが楽しみ」と笑顔で語った。写真:アフロ

ジムがクローズしたため、家族にベンチプレスの重りとして協力してもらった選手や、メンタルの維持について「充電の期間だと思い、一時期いっさいの練習をやめた。良いリセットになり、再びゴール=東京を目指すために頑張ることができている」と語った選手もいた。

日本の夏の高温多湿対策については、「出身地フロリダの湿気や暑さに慣れているから平気」(ラグビー、ペリー・ベイカー Perry Baker)選手や「いろんな場所で試合をしてきたので大丈夫。やるだけです!」(ミーガン・ラピーノ選手)など「問題なし」とした。

女子サッカーのラピーノ選手。社会問題にも言及する人物として知られ、このサミットでも男女格差問題やジョージア州での投票法の問題に言及した。
女子サッカーのラピーノ選手。社会問題にも言及する人物として知られ、このサミットでも男女格差問題やジョージア州での投票法の問題に言及した。写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

日本ファンも多い

オリンピックは今回2度目で、3つの金メダル保持者の水泳、ライアン・マーフィーRyan Murphy)選手は、「日本食や五輪選手村の設備が楽しみ」と笑顔で語った。

水泳、背泳ぎのマーフィー選手。
水泳、背泳ぎのマーフィー選手。写真:ロイター/アフロ

「I love Japan! 」と言うのは、2度目のオリンピック出場となる、柔道のコルトン・ブラウンColton Brown)選手。高校を卒業した後4ヵ月間、日本でトレーニングをした経験があり、日本びいきだ。「特に日本の文化や食が好き。日本は自分にとって特別な場所だから、そこでの闘いを楽しみにしている」。

柔道のブラウン選手。(Courtesy USOPC)
柔道のブラウン選手。(Courtesy USOPC)

中・高校時代に日本語を学んだ、サーフィンのカリサ・モアCarissa Moore)選手は「初めまして。サーフィンが好きです。よろしくお願いします」と日本語で挨拶。「私は寿司など日本食や人が大好き。日本人はとても礼儀正しく、相手への敬意を忘れない。握手の仕方1つとっても、それが表れている」と、熱い思いを交えながら大会への抱負を語った。

賛否ある日本、アメリカでは・・・

日本では新型コロナの影響により、またこれまでに起きたいくつかの発言問題や放射能問題などにより、オリンピックの開催自体について賛否がある。一方アメリカでは、それらの論争が報道で取り上げられてはきたものの、一般的にオリンピックの話題はそれほど大きくはなっていない。それは日本だからということではなく、どの開催地でも自国開催でない限り、大会が直前に迫るまで誰も気にしないのはよくあることだ。そして開催日が迫り報道が増えると一気に、世が「オリンピック一色」となる。

そんな中、筆者はこの3日間のサミットで各選手から直接意気込みや抱負を聞くことができ、オリンピックがもうそこまでやって来たのだなと改めて実感したのだった。選手が「東京に行くために」「日本では…」と会話しているのがとても新鮮でもあった。なにせ普段のアメリカ生活で、中国や北朝鮮が話題になっても、日本のことはほとんど取り上げられないため、「TOKYO/Japan」と皆が話をしているのを間近で聞いて、嬉しい気持ちになった。

TOKYO/Japan...このワードは今夏に向け、世界中で増えていく

アメリカでは分断が進んだり、新型コロナの影響によるアジア系を対象とする悪いニュースが連日メディアを賑わせたりしているが、オリンピックでの選手の活躍により、アメリカに連帯感が再び生まれ、国民が「チームUSA」として一丸となるだろう。「世界平和」と表現した体操のバイルズ選手のようなポジティブな捉え方をする人は、選手でなくても少なくないはず。

また開催地、日本のイメージアップにも繋がっていくことは必至だ。報道やソーシャルメディアを介し、選手が発信していく素晴らしいオリンピック体験(試合はもちろん、日本文化、食べ物、コンビニ、自販機、日本人から受ける親切、ウォシュレットなど)は、必ずや「日本」という国の存在感を再び高めていくことになるだろう。

日本ではいろんな意味で物議を醸している東京オリンピックだが、無事に開催されたならば、筆者はアメリカの地から日米両国の選手を共に応援したい。

オリンピック・パラリンピック競技大会開催概要

第32回オリンピック競技大会(2020/東京)

7月23日~8月8日

33競技

東京2020パラリンピック競技大会

8月24日~9月5日

22競技

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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