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殺人犯の白人は撃たれず、黒人は簡単に撃たれるという米国の矛盾 ── 自警団とは?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ケノーシャ市のBLMデモで焼き払われた、カーディーラー店。(写真:ロイター/アフロ)

ウィスコンシン州ケノーシャ市で、警官に至近距離の背後から7発を撃たれ4発を被弾、一命は取り留めたものの半身不随となったジェイコブ・ブレークさんの事件。それが引き金になりBLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動が再燃し、ティーンネイジャーによる銃乱射死傷事件にまで発展している。

8月25日夜にライフルを乱射し、2人の男性を死亡させ、1人の男性に重傷を負わせたのは、17歳のカイル・リッテンハウス(Kyle Rittenhouse)被告。同地ではBLM運動のデモ部隊の一部が暴徒化し、カーディーラーなど無関係の個人ビジネスまでもが放火や器物損壊など破壊行為の被害に遭っている。それを防ごうと被告の少年はライフルで武装し、民兵団(民間人による護衛、自警グループ)の一員として、同日イリノイ州から参加していた。

彼は乱射事件を起こす前、ライフルを肩にかけたまま映像インタビューに答えており、「地元のビジネスや人々を暴力や破壊行為から守る」と正義感を見せていた。

事件後、現地メディアにより少年のプロフィールが明かされている。彼は高校を中退し、母親とイリノイ州のアパートで暮らしていた。銃に夢中で、アメリカの司法組織や警察権力を崇拝しており、それらをFacebookやTikTokなどのソーシャルメディアでアピールしていた。

当然BLM運動が起こった後は「ブルー・ライヴズ・マター」運動を支持、参加。また1月にアイオワ州で開かれたトランプ大統領の選挙集会に出席し、最前列で熱心に応援している姿がTikTokに映し出されていたと、NBCシカゴシカゴトリビュート紙などが伝えた。

殺人犯の白人は撃たれず、殺していない黒人は背後から撃たれる

アメリカではブレークさんの事件以降、“Enough is enough”(いい加減にしてくれ)と言わんばかりに、テニス界の大坂なおみ選手をはじめ、MLBメジャーリーグ、NBAプロバスケットボールなどで活躍するさまざまな黒人選手が試合をボイコットしたり延期にする騒ぎになっている。

ソーシャルメディア上では、黒人のジェイコブ・ブレークさんと白人のカイル・リッテンハウス被告の、警察による対応の対比がされ、物議を醸している。

例えば、被告の少年が警察に降参する際、両手を上げながら最後までライフルを肩から外すことはなく、パトカーに向かって歩いて行ったが、これについて「黒人は武器*を持っていなくても背後から簡単に撃たれるのに、白人ならライフルを抱えていても撃たれない」という声が多く聞こえている。

(*ブレークさんはその後の調べで、車の中からナイフが見つかったことが明らかになった。しかし事件当時、警察がそれを知っていたか否かは不明だ)

メディアには、被告の少年が事件日の昼間、暴動により落書きをされた建物の清掃作業をしていた写真が掲載された。それについて「白人が慈善行為をしているイメージをメディアは強調している」と非難する声も上がった。

また、乱射事件が起きたのは午後8時の夜間外出禁止令以降だ。「なぜ法令を破り、17歳の子どもが銃で武装して現場にいなければならないのか?誰も止めようとしなかったのか?」など、至極当然の声も上がっている。

一方、被告の少年の弁護士は27日、「カイル(被告)の正義を証明するため、法廷で闘っていく」とする声明を発表した。また、地元はもとより全米から選び抜かれた専門家で結成された弁護団は、活動資金を集めるため、非営利の「#FightBack Foundation, Inc.」(再び戦う基金企業)を設立したことも明かされ、被告の少年の無実を弁護し守り抜くと述べた。

そもそも自警団とは?

日本でこのニュースを聞くと、そもそもアメリカの自警団って何?という質問がわくだろう。

ニューヨークでは、1979年に誕生した「ガーディアン・エンジェルス」が有名だ。治安が最悪だった市内の地下鉄を安全に利用できるようにするため、地元の有志によって結成された。今年は新型コロナウイルスの感染拡大による刑務所から多くの受刑者が釈放されたことやBLM運動(警察への抗議)などが起因となって治安が再び悪化している中、ガーディアン・エンジェルスの活動も脚光を浴びている。

メキシコとの国境で問題になっている不法移民の違法入国に対しても、退役軍人らの有志により自警団が愛国心のもと団結し、国境近くで警備にあたっている。

ケノーシャ市でも暴動が起こって以来、銃で武装した自警団が地元のビジネスを護衛していた。

被告の少年が乱射を起こした同じ日、自警団(犯人とは無関係)の一員がインタビューに気軽に応じている。「暴動により街灯など行政のプロパティ(財産)がいくら損壊を受けようとも、我々はいっさい気にしません。我々が行なっているのは、無実の人々と地元のビジネスを守るということです」と言っている。

驚くべきことは、武装している彼らはこのビジネスとはまったく関係ない人ということだ。ではなぜ彼らは、無関係のプロパティを守るために命を張って護衛しているのか。

それには日本人が想像もできないほどの強い愛国心、国の成り立ち、アメリカ人としてのプライド、正義感、政治思想、宗教的思想、根深い人種問題など、先祖の代から長く受け継がれてきたさまざまなアメリカ人としてのルーツが関与している。現地時間の今晩行われたトランプ大統領の共和党大会で嫌でも目に入ってきた星条旗の多さからも何となく言わんとすることがおわかりだろう。日本に住んでいるとなかなか理解しきれないものが、これら一連の問題の根底で絡み合っている。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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