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高校乱射事件の現地の声 アメリカではどのくらいの人が精神の悩みを抱えているか

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

日本では今年、京アニ放火事件や川崎通り魔事件など無慈悲な無差別殺人が繰り返され、「死ぬなら一人で」論争が起こった。

アメリカでの犯罪の多くは、凶器が銃に置き換えられ、乱射事件や発砲事件が連日のように発生している。

特に、無差別事件が起こるたびに交わされる議論は、加害者の動機と精神状態についてだ。

高校の銃発砲事件で容疑者死亡、現地の声

つい最近も、カリフォルニアの16歳の少年が、高校で銃乱射事件を起こしたばかり。容疑者は優等生で、どこにでもいるような「普通」の少年だった。現場で自殺を図り事件翌日に死亡したため、動機は謎に包まれたままだ。

ツイッターでの人々の反応は、少年を非難する意見が大半だ。「死ぬなら一人で」という言葉は聞こえてこないが、殺人者は少年であろうと死に値するというような価値観が多く見受けられる。

そして、中には以下のような意見もある。

「彼がやったことはひどいことだが、私は彼に対して気の毒にも思う。誕生日に学校で銃撃事件を起こした彼は、病んでいた子どもなのだ。動機が知りたい」

(以下のリツイートもあったが、現在は見えなくなっている)

「彼の周りには理解者がいなかった。批判ではなく、話をして理解し合おうとする人が周りに誰かいたら、彼はきっと殺人はしなかっただろう」@MelkerStec

「メンタルをやられ、長い間誰にも言えずに、たった1人で苦しんできたかわいそうな子だ。この物静かなおとなしい子どもは、苦しみから解放されることなく、16歳の誕生日という日に、暴力という形で爆発してしまった」@MelkerStec

「皆、犯人が死亡と聞いて浮かれているが、正直なところこれは聞き捨てならない。彼がやったことは確かに間違いだ。しかしこの手の痛ましい事件は、もしこのような少年たちに適切な助けが届いていれば、事件の発生を食い止めることができたはず」

行政が心のケアを手助け NY市の事例

銃がらみの事件ではないが、先月ニューヨークでも、ホームレスが就寝中のホームレス4人を無差別に鈍器で殺害という、残忍な事件が起きたばかり。

この事件後、筆者の周りでは、犯人の心のケアの必要性について、議論が頻繁に繰り返された。

その中には、前述のツイッターの反応と同様に「犯人は『助け』を求めていた」「メンタルイルネス(精神疾患)を誰にも相談することなく、孤独の中でさらに病気が悪化し、犯行に繋がったのではないか」という意見も聞かれた。

治療を受けていない重度の精神疾患と、暴力の関連性を示唆する見方は、こちらで多く報道されている。

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「軽度の不安障害者や精神病の効果的な治療を受けている人は、決して暴力的ではない。しかし(ホームレス殺人事件の犯人のように)逮捕歴のある要注意人物は、『システム』の抜け穴から落ちた人物だ。彼を知る者は悪化の症状を無視すべきではなかった。コミュニティにとって深刻な脅威だ」

出典:ニューヨークポスト紙「Letting mentally ill homeless live on the streets is a false kindness」

この「システム」というのは、ニューヨーク市が市民のメンタルヘルス(心の健康)を保つために構築している試みのこと。

年間2200万ドル(約24億円)もの大金をかけ、深刻な精神疾患に適切な治療を施すことで、犯罪を事前に防いで治安を保とうとする「NYC Safe」プログラムが2015年、発動した。記事

具体的には、ビル・デ・ブラシオNY市長夫人のチャーレーン・マクレイ(Chirlane McCray)氏が立ち上げた、心の病気のケアをする精神衛生プログラム「ThriveNYC」がある。市内初の取り組みとして、立ち上げ当初は、期待が寄せられていた。

8億5,000万ドル(約910億円)もの運営資金が投入されている巨大プロジェクトだが、その効果については今ひとつだと問題視もされている。

特にホームレス殺人事件後は、ThriveNYCが重度の精神病患者に対応しておらず、うまく機能していない市の「敗北」だとする辛辣な意見が多く聞こえている。

アメリカではどのくらいの人が病んでいるか?

行政のプログラムがうまく機能していないとすると、ほかにどのような相談方法があるのか?

精神障害に関するナショナル団体(National Alliance On Mental Illness、以下NAMI)に話を聞いてみた。担当者はまずアメリカの現状として、国内の精神疾患患者数を教えてくれた。最新統計数はこちら。

  • 成人の5人に1人(4,760万人/年)が、精神疾患患者(2018年)
  • その中でも「深刻」な精神疾患患者は、成人の25人に1人(1,140万人/年)(2018年)
  • 6~17歳の世代では、6人に1人(770万人/年)が精神障害者(2016年)
  • 10~34歳の世代で、人々の死因の第2位が自殺

精神疾患にかかっている10の兆候サイン

下記のような兆候がある場合、「症状が軽いうちに」もしくは「できるだけ早く」、プライマリケアドクター(主治医)に症状を正直に伝えた上で、専門のセラピストやメンタルヘルスの専門家を紹介してもらい、受診するのが良いそうだ。資料

  1. 非常に悲しく引きこもりたい気分が2週間以上続く
  2. 自傷や自殺したい願望、もしくはそうしようと考える
  3. 重度に制御ができない状態やリスクが伴う行動を取る
  4. 意味もなく異常な恐怖心に突発的に襲われる
  5. 食欲がない、もしくは吐いたり下剤を使ったりすることによる体重の異常な減少や増加
  6. 幻覚、幻聴などの症状がある。また実在しないものを信じる
  7. ドラッグ摂取や飲酒を繰り返す
  8. 気分、行動、性格、睡眠習慣の劇的な変化
  9. 集中したりじっとしたりすることがどうしてもできない
  10. 日常で、激しい不安感や恐怖感に襲われる

子どもは自分自身のことがまだわからず、うまく気持ちを伝えることができないかもしれない。そのような場合は、周囲の大人がうまく汲み取り、カウンセリングの専門家などに相談すると良い。

心の悩みと言えども人によって症状はさまざまだし、誰にも迷惑をかけず1人で解決したい人もいるだろう。また、症状が悪化すれば必ずしも犯罪に繋がるわけでもない。しかし、犯罪が起こるたびに「たった1人で悩まず、誰かに助けを求めていれば」、そして「家族や友人など周りの人やコミュニティが、プロの力を使って助けてあげられていたら」という気持ちにもなる。

最近、京アニ事件の容疑者のやけどが回復し転院するという報道があった。「人からこんなに優しくされたことがなかった」と、病院関係者に感謝の気持ちを伝えたという。彼の辿ってきたこれまでの惨めな人生が、その言葉に集約されている気がした。

次回は、NYの日本人専門家に、在留邦人の心のケアなどについて話を聞きます)

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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