みつはしちかこ 60年以上続く『小さな恋のものがたり』秘話。アイデアが尽きて追いつめられるなか、母の墓参りに行ってみると…
60年以上愛される『小さな恋のものがたり』や、明るくにぎやかなファミリー漫画『ハーイあっこです』など、今も多くのファンを魅了する漫画家・みつはしちかこさん。83歳になり、家族のことを思い出しながら、ひとり暮らしを楽しんでいます。今回は、みつはしさんの新著『こんにちは! ひとり暮らし』から、心あたたまるエッセイの一部をお届けします。 【書影】思い出と暮らす。今を楽しむ。みつはしちかこ『こんにちは! ひとり暮らし』 * * * * * * * ◆一番不安な季節 春の訪れを待つ季節、木々はまだ少し寒そうだけれど、目をこらすと、とがっていた小枝の先々が丸みを帯び、乾いていた幹が艶めいている。 この、奥のほうでなにかがうごめいているような気配がする季節が、わたしは大好き。 でも、ここ何十年も、わたしにとって1年で一番不安な季節でもあったのです。 というのも、毎年5月に『小さな恋のものがたり』の単行本を出すことになっていたから。 制作に取りかかる前のこの時期は、いつも不安とあせりで、押しつぶされそうになるのです。
◆片思いを描きつづける 思えば、わたしがこのマンガを描きはじめたのは高校生のころ。 たったひとりの風のような人の心をつかみたくて、切ない想いをマンガ日記につけたのがはじまりです。 本来なら、とても人には見せられない、秘密の片思い日記なのですが、どうしてもマンガ家になりたかったわたしは、後日これをもとに4コママンガを描いて、出版社に持ち込んだのです。 危うくボツになるところを運よく拾われ、『小さな恋のものがたり』として毎月、雑誌に連載することに。 といっても、マンガ家として食べていけるようになったのは、それから10年も後のことでしたが。 わたしの片思いは成就しなかったけれど、そこから出発したマンガのほうは延々とつづいて、今もまだ進行中です。 「いい歳をして、よくまあ、初恋だの片思いだのと描きつづけられるわねぇ」と、ときどき、人にあきれられたり、感心されたりするけれど、わたしの中で、人を想う部分はちっとも年をとらないような気がします。 人を想いはじめたころの謙虚なときめきと切なさを忘れたくなくって、そんな思いをずっと抱きつづけているのです。
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