遺伝子の異常が全身に影響 筋強直性ジストロフィーの遺伝と発症の仕組み【中森雅之山口大学教授に聞く②】
筋強直性ジストロフィーは、全身に症状が表れる遺伝病だ。山口大学大学院医学系研究科の中森雅之教授(臨床神経学)らの研究グループは、他の疾患に長年使用されている抗菌薬のエリスロマイシンが、病気の根本的な治療薬となり得ることを世界で初めて見つけ、承認申請に向けた臨床試験が最終段階に入ろうとしている。 そもそも、なぜ筋肉だけでなく、心臓や呼吸器など影響が多岐にわたって表れるのだろうか。遺伝子に起こる異常は何か。中森教授に聞いた。
◇正常なたんぱく質の合成が阻害
ー筋肉の病気なのに、全身の臓器にまで影響が出るのはなぜですか。 遺伝子の異常によって、身体の中で正常なたんぱく質が作られなくなってしまうためです。病名からして、筋肉の病気と思われがちですが、たんぱく質は、筋肉のもとになるだけでなく、あらゆる組織のもとになります。その組織を作る材料として必要なたんぱく質が正常に作られなくなるために、心臓や脳など全身の臓器に障害が表れます。例えば、筋肉なら筋力低下、心臓では不整脈、内分泌系では糖尿病や高脂血症、目であれば白内障、脳では認知機能の低下などが起きてきます。
人体は約60兆個の細胞からなるといわれており、そのあらゆる細胞の核の中に23対の染色体が存在します(図)。染色体は、二重らせん構造のDNAが畳み込まれたヒモ状のもので、遺伝病ではDNAの特定の部分に異常が生じます。 DNAとは「デオキシリボ核酸」の略語で、糖とリン酸と塩基が結合した物質(ヌクレオチド)の連続体です。この塩基の部分は、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類があります。いずれかの塩基を含むDNAは二重らせん構造で長くつながっているのですが、そのときの三つの連続した1組の塩基の配列が、たんぱく質を構成する最小単位である一つのアミノ酸を決定します。このような形で、DNAはあらゆるたんぱく質の設計図となる遺伝情報を保存しています。 ー異常な遺伝子は、どのように病気の発症をもたらすのですか。 日本人の患者の大多数を占める筋強直性ジストロフィー1型の場合は、19番染色体に含まれるDNAに変化が生じます。その変化は、両親のいずれかから遺伝し、細胞1個の受精卵が細胞分裂を繰り返していく中で複製された異常なDNA情報が体のあらゆる細胞に伝えられ、たんぱく質の合成に問題を引き起こします。 DNAの異常は「CTG」という並びの塩基配列が、通常では37以下の繰り返し(リピート)なのに対し、50以上、場合によっては5000以上繰り返すというものです。 体内でたんぱく質が合成されるときには、一つ一つの細胞の核に収まっているDNAの暗号情報が、mRNA(メッセンジャーRNA)にまず写し取られます。そのmRNAは核から外に出て、細胞内のリボソームと呼ばれる“たんぱく質工場”で塩基配列に基づいてたんぱく質が合成されます。ところが、DNAの異常な「CTG」のリピートを読み取ったmRNAは、その長く伸びた異常な部分がヘアピン状に変形し、そこに正常なたんぱく質を合成するために必要な制御物質を絡め取ってしまいます。そうなると、制御物質のスプライシングという機能を阻害し、結果として、たんぱく質の正常な合成ができなくなってしまうのです。 ー子どもに遺伝しますか。 常染色体顕性(優性)遺伝といって、両親のいずれかが遺伝子の変化を持っている子どもには、2分の1の確率で病気が伝わる可能性があります。一般的に、世代が下るほど「CTG」のリピートが増え、それに伴い発症の早期化、症状の重篤化が進むとされています。 妊娠を考えていて、遺伝のことが気になる場合は、しっかり時間を取って説明をしてもらえる遺伝カウンセリングを受けることが大切です。臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーら専門家が対応しますので、主治医にご相談ください。 ご自身がすでに診断を受けている場合だけでなく、親がこの病気で、自分はまだ発症していないけれど、自分に遺伝しているかどうか知りたい、という場合や、子どもが診断された親の遺伝子の異常を把握し、リスクを認識しておきたい場合にも、相談に乗ってもらうことができます。(ジャーナリスト・中山あゆみ)
中森雅之(なかもり・まさゆき) 99年年大阪大学医学部卒業、同付属病院神経内科、00年大阪厚生年金病院神経内科、02年国立刀根山病院神経内科、03年大阪大学大学院医学系研究科博士課程、07年同課程修了(医学博士)。同年米国ロチェスター大学神経学、12年大阪大学医学研究科神経内科学、23年1月山口大学大学院医学系研究科臨床神経学教授。