厳密な意味での「無限」の考えを数学に持ち込んだ天才・カントール。その天才の発想と非業の生涯とは
理系の「3ワカラン」と呼ばれる「ゲーデルの不完全背定理」。「正しいからといって、それが証明可能であるとは限らない」とは、どういうことなのか? この度、リニューアル刊行されたロングセラー『不完全性定理とはなにか 完全版』のなかから「不完全性定理」、そして異なる視点からゲーデルと同じ証明にたどり着いた、「チューリングの計算停止問題」のエッセンスをこの記事では紹介します。まずは準備編として「無限」について数学的に考察したカントールの考え方を見ていきましょう。 【図説】問題:奇数の無限、偶数の無限、自然数の無限。一番大きいのはどれ? *本記事は『不完全性定理とはなにか 完全版』(ブルーバックス)を再編集したものです。
精神を病み療養所で没した数学者
この本のテーマは「不完全性定理の証明のあらすじ」だが、音楽と同じで、主旋律の前には序奏があったほうがよい。 というわけで、この記事では、厳密な意味での「無限」の考えを数学に持ち込んだゲオルク・カントールという人物と、無限の意味について書いてみたい。 ゲオルク・フェルディナント・ルートヴィッヒ・フィリップ・カントール(Georg Ferdinand Ludwig Philipp Cantor, 1845~1918)。やたらと長い名前である。もともとはロシア生まれだが、主にドイツで研究した。 数学者の伝記を書くのに、いきなり最期というのもなんだが、私の脳裏に浮かぶカントールの姿は、「同時代の錚々(そうそう)たる数学者たちに理解されず、精神的に落ち込んで、療養所で死んだ」という暗いイメージ一色だ。 どんな人間の人生にも、一生分の毎秒ごとの出来事があるはずだが、どんなに著名な人物でも、人々が抱いている印象は断片的で不公平なことが多い。人間は言葉をつかう生き物なので、短い言葉でレッテルを貼ってしまうのだ。言葉でまとめてしまうのが人間の宿命なのかもしれない。
カントールが考察した「無限」
カントールは真剣に無限について考察し、画期的な論文を書いたが、彼の結論は、それまでの数学界の常識では理解できない代物(しろもの)だった。 当時の著名な数学者でベルリン大学教授だったレオポルト・クロネッカーは、カントールの無限に関する考察を一蹴(いっしゅう)し、自分が管轄する専門雑誌にカントールの論文を載せることを拒絶した。 「整数は神の作ったものだが、他は人間の作ったものである」 という信念をもっていたクロネッカーにとって、実数やら無限やらは、とうてい信じられないものだったのかもしれない。