『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 【第2話】 仕事は汚いほど金になる
帰りの車の中で、私はつれづれもなくむかしのことを思い出していた。 高校しか出ていない私は毎日額に汗して働いた。しかし、金持ちになるにはほど遠かった。顔も良くない、たいした学校も出ていない。これといった特技もない。ひょんなことから今の仕事を請け負い、わずか数日で、一カ月寝ないで働く以上の金を得た。私はそのとき知った。仕事は汚いほど金になる。 もちろんいい仕事ばかりではない。後味の悪さを残すもののほうが多い。 もう二十年ほど前になるか。暮れも押し迫った頃、都内にある一軒家の家族を皆殺しにした。写真では堅気のようにしか見えなかった。なぜ彼らに死の依頼があったのかわからない。あっけなく片付いた後、しばらく家に残って酒を飲んだ。心に引っ掛かるものがあったのだろう。私には珍しいことだった。年末が近づいて、あの事件がメディアに取り上げられるたび、あの家族のことが頭を掠(かす)める。 私が死んだら妻と娘は寂しかろう。そうした思いが私に影武者を用意させた。これまで私の代わりに何体が殺されたか。いや、私は本物の山田正義か? コピーのコピーではないか? ならばきっと妻子への愛も劣化してはいないか。 いまわの際で、ふたりへの愛を抱いていたら、それは確実に私だ。 帰宅して玄関の扉を開けると、パンパン! と破裂音がした。 妻と娘は満面の笑みを見せる。その手にはクラッカーが握られている。 「パパ忘れてたん? きょうは結婚記念日やで」 私は妻と娘をハグする。何の矛盾もない。満ち足りた生活だ。ふたりのために、これからも人を殺し続けるだろう。 二人目の殺し屋、山田正義。コードネーム:空蝉(こっさん)
● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補。12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補。13年『タモリ論』がベストセラー。他の著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『無法の世界』、エッセー『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。
文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 編集/森本 泉(Web LEON)