『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 【第2話】 仕事は汚いほど金になる
「私こういうの好き。カッコいい」 ボーイフレンドの影響かもしれない。真規子は屈託なく話す。 「パパは苦手やな」 昨日のことが尾を引いているのか、真規子は残念そうな顔を見せた。 妻と真規子がテレビに目を奪われている間、携帯電話をチェックする。エージェントからメールがあった。仕事の依頼だ。ロッカーまで確認しに行かなければいけない。スマートフォンが普及した今、何でもメールでやりとりすればいいと考える者もいるだろうが、それは間違いだ。証拠が残ってしまう。 「ちょっと出てくる。夕食までには戻ってくる。遅れたら、先に食べててええから」 「はーい」 ふたりは私を玄関まで見送ることなく、テレビの中の暴力描写に無邪気に声を上げていた。
【背中を丸めて歩くことが大事だ。そうしたらみんなが私を怪しまない】
私は普段着のまま、いつものロッカーまで車を走らせた。 バッグの中には殺してほしい相手の顔写真と名前があった。この仕事を始めて四半世紀になるが、写真を落としそうになったのは初めてだった。 殺す相手はふたり、北関東の半グレたち。オレオレ詐欺グループを立ち上げ、関東を中心に老人から大金を巻き上げてきたという。地元のヤクザが横取りしようと脅したが屈せず、送り込んだ鉄砲玉を返り討ちにしたそうだ。 連中の商売は意外と手広い。VIP芸能人の合コンで女を手配してきた。モデルや女優の卵に声をかけ、ラグジュアリーホテルのスイートルームで飲み会を開く。そこで泣き喚(わめ)く女たちをさらに泣かせ、証拠動画で黙らせてきた。そうした下っ端悪事も一斉に露見した。 おそらく今頃は関西方面に観光がてら豪遊中だろうとのことだった。「期限は一週間以内」とあったが、時間がかかるとは思えなかった。私は写真を燃やした。頭の悪さを競い合うような顔を忘れようがなかった。
京都は広い街ではない。金遣いの荒い者がいたらとかく目立つ。いちげんさんお断りの店が多いので、金を使える店をひとつふたつ回れば、足取りが読める。 案の定、京都で一、二を争う高級ホテルのVIPルームに、金にものを言わせて泊まっていた。記帳には偽名を使っていたが、派手で横暴な振る舞いからすぐに部屋番号まで特定できた。 逸(はや)る気持ちはなかった。背中を丸めて歩くことが大事だ。そうしたらみんなが私を怪しまない。どこにでもいる、しょぼくれたおじさんと思ってくれる。そして私の中身は、本当にただのしょぼくれたおじさんだ。存在感を消し、人混みに紛れることが私のいちばんの才能だ。 私が訪れると、タイミングよく女たちが部屋を出ていくところだった。いかにも安そうな女たちだった。破瓜(はか)したその日から、生理期間も含めて処女の日がなさそうに見えた。昼過ぎまで女が部屋にいたということは、朝が来ても乱痴気騒ぎを続けていたのだろう。 「きょうもお店に来てね」 ドアで抱き合って、女たちが去って行くのを見届けた後、私はチャイムを鳴らした。 「誰だ」 奥から声がする。キャバ嬢が出て行ったばかりとはいえ、自分たちが追われている身だという自覚はあるようだ。 「ごめ~ん、忘れもんしてもたぁ」 私は即座に、さっきの女の声色を真似た。 ドアが開く。私を見て驚いたようだが、掌(てのひら)で口を封じられたので声は出せなかった。あれから一日しか経っていないはずが、根元の黒毛が伸びたように思えた。 奥のベッドまで連行する。部屋はサルが棲む檻(おり)の中のように、酷く散らかっていた。 すぐにカーテンを閉めた。部屋の中が暗くなり、ベッドスタンドの明かりを点す。薄暗い明かりだったが、連中には私が銃を向けているのがわかっただろう。 ヤンキーAとBは動揺を隠せなかった。 「そこ座れ。手ぇあげ」 私はベッドの端に腰をかける。ふたりともトランクス一丁だった。意外にも素直に従った。ええ子やないかと密かに思った。 そのとき、ドスンと砂袋が貫かれる音が聞こえた。油断していた。クローゼットに隠れていたヤンキーCに、私は後ろから頭を刺されて、忽(たちま)ち絶命したのだ。 「あぶねえとこだったぜ」 Aが安堵の声を上げる。Bが続く。 「おまえが途中から合流してくれて助かったわあ」 Cは有頂天の声を上げられなかった。後ろに立っていた私に、後頭部を撃ち抜かれたからだ。