カフカの作品はカフカにしか書けない。そして彼個人を超えた崇高な世界が臨在する―フランツ・カフカ『決定版カフカ短編集』橋爪 大三郎による書評
『決定版カフカ全集』全12巻から選りすぐった短編15作を集めた。最初は「判決」。一九一二年にひと晩で書いた第一作だ。次は「火夫」。未完に終わった小説『アメリカ』の冒頭部分だ。この二作と「変身」は≪脂や粘液で蔽(おお)われてぼくのなかから生れてきた≫三つ子だという。「流刑地にて」はおぞましい処刑機械の話。「万里の長城」や「掟の問題」は理性が届かないこの世界の不条理や暗部に届く独特の作風だ。 編者の頭木氏は13年の闘病生活の間、『決定版』の≪全巻を…100回以上は読ん≫だ。カフカの作品はカフカにしか書けない。そして彼個人を超えた崇高な世界が臨在する。同じ文庫からの『カフカ断片集』を読むとなおその思いが深まる。 一八八三年に生まれ四○歳で病死したユダヤ人のカフカ。生前ほぼ無名で、死後に遺稿が出版され評価が高まった。異様で狂った二○世紀の象徴だ。日本でも新潮社の果敢な全集刊行で多くの読者を獲得した。 孤独な無償の営為が文学の現場であること。文学は、個として生きる人間の苦悩や悲惨や栄光や喜びの器であること。素粒子物理学の実験のような厳粛な作品が並ぶ文庫版だ。 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。 [書籍情報]『決定版カフカ短編集』 著者:フランツ・カフカ / 出版社:新潮社 / 発売日:2024年04月24日 / ISBN:4102071067 毎日新聞 2024年7月20日掲載
橋爪 大三郎