新型コロナ対応を先取りした「新国立競技場」 無観客でも客がいるように見えるデザインの真実
世界的な新型コロナウイルスの感染拡大がなければ、まさに本日7月24日に東京オリンピックの開会式が行われるはずでした。開会式の会場は「新国立」こと国立競技場。新国立では、今年の1月1日、サッカー天皇杯の決勝戦も行われましたが、1年後に延期された東京オリンピックは予定通り行われるのでしょうか。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、この新国立について「地球温暖化と新型コロナへの対応を先取りしている」といいます。若山氏が建築の専門家の視点で論じます。
客がいるように見えるデザイン
初めは昨年末の紅白歌合戦だったか、アイドルグループの「嵐」が、竣工したばかりの新国立競技場のグラウンドに立ったとき、かなり客が入っているように見えた。しかし実際には観客はゼロだった。 その後のイベントでも、やはり客が入る前から満席に近いように見える。その理由は、観客席の配色がみな同じではなく、白色、濃茶、薄茶、濃緑、薄緑など、ありがちな服の色に分散されているからである。客の入りが少なくてもガラーンとした感じがないので、その時は「なかなか洒落た配慮だな」ぐらいに思っていた。 しかしこのところ、新型コロナウイルスの感染拡大によって、野球もサッカーもまた相撲までもが無観客試合となり、それこそガラーンとして、もの寂しく、テレビで見ていてもどうも気合が入らなかった。 もし、そういったスタジアムやホールの椅子が、みな新国立競技場のようにデザインされていたら、プレイする方もテレビで見ている方も気合が入って、いつぞやの沢田研二のコンサート事件のようなこともないかもしれない。これはひょっとすると競技場や集会所の建築の歴史に残るアイディアではないか。そう考えた。
「アースカラー」というデザイン
誰のアイディアだろう。この建築の主たる設計者は隈研吾だが、企画、設計、意匠にはいくつかの企業と大勢の人間が関わっている。果たして彼のアイディアだろうか。実質的な設計を補助しているT建設で、僕の弟子の何人かがこのチームに入っていたので、内情を問い合わせてみた。すると「先生、あれは隈さんの指示です」という答えが返ってきた。最近は海外に例がないわけではないが、ここまでデザインされたのは初めてだろうという。 どうもこのデザインの趣旨は満席に見えるというだけではないようだ。競技場周囲の色彩、すなわち森に囲まれた神宮外苑の樹や葉や土の色彩をとり込んだ「アースカラー」というコンセプトで、「木漏れ日の大地」をイメージしているという。つまり観客が入っているように見えることと、もともとの神宮の森の環境を反映させることとが合体したデザインなのだ。逆に考えれば、われわれ日本人の服装は、無意識のうちに自然環境の色彩を映しているということかもしれない。 もちろんこの競技場は他にもいろいろと工夫が凝らされている。全国からの木材が使われていることはニュースなどでもよく報道されるが、あの大きな軒庇(のきひさし)が神宮の森をわたる風をキャッチして、内部の客席の隙間に涼風を入れる仕組みになっていること、屋根の開き方が不整形になっているのはグラウンドの芝に一番よく陽が当たるように計算していること、その他身障者への配慮などがきめ細かくなされていることなど、ナチュラルでかつ使いやすい施設になっている。