料理で紡がれる心の絆とあたたかい記憶『さんしょく弁当』が届ける家族の温もり【書評】
甘い卵焼きとしょっぱい卵焼き、どちらがあなたにとっての「実家の味」だろうか。私にとっては、ほんのり甘めのだし巻き卵が幼い頃から慣れ親しんだ母の味である。味の記憶は不思議なもので、どれだけ年月が経とうと、一口で「あの頃」に引き戻される。そんな思い出の味を軸に、姉妹と青年の心をやさしい料理でつないでいくあたたかな物語が『さんしょく弁当』(兎月あい/KADOKAWA)である。 【漫画】本編を読む
ひとり暮らし歴10年の独身サラリーマン・鳴海は、事故で母親を亡くした従妹のえりか(13歳)と小梅(5歳)の姉妹と3人で暮らし始める。母が亡くなって以来、ずっと食事はデリバリーで済ませていると知った鳴海は、幼い姉妹のために料理をすることに。鳴海の料理に母の味を感じたえりかは、「私もお料理を教えてほしい」と願い、少しずつ料理に触れていく。 「鳴海さん、お料理できるんですか?」と無邪気にたずねられ、「人並みだけど…」と答える鳴海だが、その手際と丁寧さは明らかに人並み以上。読者も思わず感心してしまうだろう。実は鳴海も幼い頃、えりかの母親から料理を教わっていた。彼の料理が彼女の味に似ているのは、彼女から教わった「丁寧さ」を受け継いでいるからだ。料理を通じて彼女の存在を感じる鳴海。その切なさを抱えながらも姉妹との絆を深めていく姿は、読み手の心にも温かく響く。 鳴海にとっても料理は「大切な人を想う手段」そのものだ。彼はえりかの母を「大好きだったから、彼女の料理はおいしかったのだろう」と回想し、「これから少しずつ、僕の料理もおいしくなっていきますように」と心に誓う。鳴海のこの言葉には、姉妹を想うあたたかな愛情が滲み出ており、読者の心をそっとあたためてくれる。 本作には、失った人への想いや料理がもたらす癒やしが丁寧に描かれている。鳴海と姉妹が食卓で笑顔を重ね、少しずつ支え合っていく姿に心が温まり、見守りたくなる一冊。 文=ネゴト / Micha