3カ月で30人退職…埼玉秩父の製造会社が「暗黒期」から脱却できた「独特な人材戦略」
企業の成長に直結する人材戦略をどう成功させるか──そのヒントが、埼玉県秩父郡の金属部品メーカー、松本興産にある。同社は独自の人材戦略によって、最悪とも言える社内の雰囲気からの脱却を遂げた。社内の雰囲気を改善させたのに加え、生産性向上や業績アップも実現。そこで今回、同社取締役の松本 めぐみ氏に、人材戦略の中身と、成功の秘訣について話を聞いた。 【詳細な図や写真】松本興産の本社外観(出典:松本興産)
活気あふれる職場、まるで『もののけ姫』のたたら場?
1970年に創立された松本興産は、金属部品メーカーとして発展してきた。現在では従業員約280名を抱え、大半が地元出身者であり、平均年齢は30代後半、社員の多くが20年以上の勤続年数を持つ。また従業員の半数は女性であり、外国人研修生も積極的に採用している。 同社の特色について、松本氏は「経営者ともフラットにコミュニケーションが取れる環境整備を重視してきました。今は役職や性別に関係なく、何でも意見を言い合える社風となりました。特に活気あふれる女性従業員が多く、まるで映画『もののけ姫』のたたら場で働く女性たちを思わせるほどです」と笑顔で話す。 さらに驚くべきことは、社員の意識やスキルの高さだ。製造や営業部など部署に関わらず、多くの社員が会計の知識を持ち、決算書を読むことができる。そのため製品ごとの原価や利益などを自ら理解した上で、自発的にコストカットなどに取り組んでいる。また技術的にハードルの高い案件でも、社員自らが課題を見つけて解決するなど、技術力の高さも伺える。 こうした松本興産の理想的とも言える社内の雰囲気や人材がそろう理由には、松本氏がさまざまな工夫を重ねながら粘り強く進めてきた人材戦略によるところが大きい。
暗黒期:たった3カ月で「30人退職」も…
人材戦略について語ってもらう前に、人材戦略に本腰を入れるきっかけともなった同社の暗い過去について触れておきたい。 同社は5年前まで、社内トラブルが絶えない最悪な状況に陥っていた。中核を担う社員同士による派閥争いが勃発、激化し、ハラスメントに発展するケースも見られるなど、人事トラブルが絶えなかったという。こうした問題は多くの中小企業で見られるが、松本興産でも大きな課題となっていた。 その結果、社内の雰囲気は悪化する一方だった。松本氏や、夫である松本 直樹社長も、問題を認識していながら適切な対応ができず、悩んでいたという。 「『中核となる社員を注意して辞められたら、経営が立ち行かなくなるのでは』という思いもあって、毅然とした態度を取れませんでした。まさに『くさいものにふた』をしていた状態でした。経営者として本当に未熟です」(松本氏) そんな中、ある日、中途採用した管理職社員から突然連絡が入った。社内でいじめに遭っていて、もう辞めたい──そう告げられたという。 「その瞬間に、『もうこれ以上現実から目を背けてはいけない』と強く感じ、社員にとって良い会社と言ってもらえるように改善していくための決意を固めました」 まずは1人ひとりの社員と真正面から向き合うことにし、対話を重ねることから始めた。しかし状況は改善されず、一部社員からの反発もあり、結果的に30名もの社員が3カ月以内に退職する事態も起きてしまったという。 社員の大量退職は中小企業にとって致命的なダメージだ。それでも松本氏は「残ってくれた社員からは『大丈夫です、私たちが頑張ります』と会社を支える意思を示してくれました。その言葉が本当にうれしくて、勇気をもらいました」と振り返る。会社の立て直しに全力を尽くすことを誓い、あらゆる人材戦略を打って出ることとなった。