3カ月で30人退職…埼玉秩父の製造会社が「暗黒期」から脱却できた「独特な人材戦略」
ベテランが教えるだけではダメ? 技術力は「実践」重視
もちろん教育は会計知識だけでない。松本興産が手掛ける精密な金属加工には高度な技術力が求められ、この技術力が業績を左右するのは言うまでもない。そのため、松本氏は技術力の向上にも力を注ぐ。 「一般的な企業のように、ベテラン社員が若手に教えるだけでは、他社と技術力の差別化を図ることは難しいです」(松本氏) そこで松本興産では「実践」を重視した技術力向上に取り組んでいる。 たとえば社長自らが、あえて難易度の高い案件を取引先から引き受け、製造部の社員らに図面を見せて、実現できそうか持ちかけるのだという。この際、社長から一方的に命令するのではなく、あくまで社員の自主性に委ねている。 「当然、社員たちも会計の知識があるので、コストとのバランスを考えた上で判断を行っています。社員自ら実現可能性を考え、課題があればその解決を探ります。それにより、社員の成長につながり、ひいては弊社の技術力の向上につながっています」(松本氏) 現場によっては、面倒な案件であると難色を示すケースもありそうだが、社員たちは「期待に応えたい」という想いもあり、前向きに取り組むのだという。このようなチャレンジを恐れない取り組みができるのも、心理的安全性が確保されているからだろう。 松本興産の人材戦略は、心理的安全性と経営理解を基盤に、ウェルビーイングの追求を通じて生産性を向上させる成功事例である。働きやすい環境を整え、社員一人ひとりが会社に貢献できる仕組みを作り上げたことで、同社は経営危機を乗り越え、さらなる成長を遂げている。 中小企業にとって、人材戦略は会社の存続と成長に直結する重要な要素であり、松本興産の事例はその成功の1つの道筋を示している。
聞き手・構成:編集部 井内 亨、執筆:ライター(元技術系公務員) 和地 慎太郎(わち・しんたろう)