ご近所突撃で警察沙汰に、でも施設なんて絶対イヤ――認知症患者ルポ第2弾
社会の高齢化に伴い増える認知症、支える仕組みが徐々に整いつつあるが、依然として家族が大きな負担を強いられる場面も少なくない。最近では「認知症になる一歩手前の状態」、MCI(軽度認知障害)があることも知られてきた。認知機能が低下した鈴木千恵さん(80)(仮名)の自宅はゴミであふれ、近所からの苦情が絶えない。千恵さんの弟、田中健一さん(78)(仮名)とその妻美智子さん(75)(仮名)は、毎週のように片道2時間離れた千恵さんの自宅に通って片付けをする日々。「知らなかった」で後悔してほしくない――シリーズ・小さな変化を大きな気付きに~MCIを知る、第3回は家族の視点からみた認知症患者さんのルポ第2弾。 気になる症状、見逃していませんか? MCI(軽度認知障害)のサインを確認
◇「私は正常よ!」認知症の診断書を取るのも一苦労
室内やベランダ、庭などにゴミが散乱して片づけられず、悪臭や異臭、害虫が発生する「ゴミ屋敷」は認知症によって引き起こされる代表的な社会問題で、「セルフネグレクト(自己放任)」とも呼ばれる。 千恵さんの自宅はまさにこれに該当しており、明らかに様子がおかしい。健一さんも美智子さんも、千恵さんは認知症に間違いないと感じていた。しかし、千恵さん本人は自分が病気だとはまったく思っていない。 「だから病院に連れて行くのも本当に大変だったのよ。昔の人だから病院に対する偏見があるんでしょうね。『毎年介護認定の検査を受けないといけないから』ってうそをついて、なんとか連れて行ったのよ」 こうして、やっとの思いで手に入れた診断書には“アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症”と記載されている。 「これでようやくスタートラインに立てたようなものだよ」 何かおかしいと感じてから6年、二人が毎週のように千恵さんの家の片づけに通うようになってから2年の歳月が経っていた。これでひと息つけるかと思った矢先のある日、健一さんの携帯電話に着信があった。
◇刃物を手にご近所突撃、警察を呼ばれて
「急に電話がかかってきて出たら『千恵さんが警察に通報されて……』なんて言われちゃって、もうびっくり仰天だよ」 健一さんは軽い口調で話すが、その内容は深刻だ。電話は千恵さんを担当する地域包括支援センター*のスタッフからだった。千恵さんの認知症が進み、妄想が生じるようになっていたのだ。 「千恵さんの家は一軒家で庭があるんだけど、手入れができなくて枝も草も伸び放題なんだ。でもふとしたときに『切らなくちゃいけない』って思うんだろうね。ときどき千恵さんが枝切りばさみで木の枝を切ってたんだけど、自分がやったことを忘れちゃうんだよ。それで『近所の人が勝手に家に入って切ったに違いない』って思い込んじゃって、枝切りばさみを持ったまま突撃しちゃったんだ。千恵さんだって悪気があってしたわけじゃないけど、近所の人にしてみたら大きなはさみを持ったおばあさんが怒って玄関先に立ってたら驚いちゃうよね。それで警察を呼ばれたっていうわけさ」 それ以前から、ご近所の人たちも千恵さんの一人暮らしには限界を感じていたようだ。 「私たちが行くと『待ってました!』とばかりに、ご近所の方がおうちから出てくるの。もう苦情がすごくて……そのたびに平謝りよ。妄想なんだと思うけれど、通りがかりのご近所の人に大声で悪口を言うらしいのよ」 *地域包括支援センター:介護保険法に基づき市町村が設置する施設で、ブランチを含め全国に約7,400か所ある(2023年4月末時点)。保健師、社会福祉士、主任介護支援専門員などが配置され、介護予防ケアプランの作成や必要な医療・介護サービスへの連携などを行う。