「ヘビースモーカーの妻たちの肺がんリスク」論文が世界でスルーされた悲しい理由
「タバコをやめる。酒は飲み過ぎない。サプリに頼らない」――がん細胞の専門家である著者が、いかに喫煙が死亡リスクを上げるのかを解説する。アルコールに関しては、適度な飲酒が心臓病のリスクを下げるとのデータもある一方で、ロシア人が愛飲する“危険な酒”を飲み過ぎると殺人と自殺が増えてしまうのだという。本稿は、黒木登志夫『死ぬということ 医学的に、実務的に、文学的に』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 日本人の生活習慣ワースト5の ダントツ1位は喫煙 2011年、国際的に評価が最も高い臨床研究誌のひとつである『ランセット』は、日本の国民皆保険制度50周年にあたって、「日本人が健康なのはなぜか?」という特別記事を載せた。 健康的と言われている日本人の生活習慣の中のワースト5は次の5つである。 ・喫煙 ・高血圧 ・運動不足 ・高血糖 ・食塩過剰摂取 この中でダントツの1位である喫煙から始めよう。 タバコの害をはっきりと示したのは、オックスフォード大学の疫学者ドール(Sir Richard Doll:1912~2005)の調査である。彼は、イギリス医師会の喫煙者と非喫煙者を50年以上にわたって追跡し、喫煙が10年も命を縮めることを明確に示した。 図3-2は、国立がん研究センターが14万人の対象者を10年以上追跡した研究である。 肺がんだけでなく、様々ながん、さらに循環器疾患の死亡リスクが目立って増えていることがわかる。 喫煙者に循環器疾患による死亡者が多いのは、血管の壁が損傷を受け、さらに血液成分が血栓を作るなどの複数の要因が絡んでいる。タバコの煙は肺に入るので、当然、呼吸器にはよくない。肺胞構造が破壊されて肺気腫になり、さらに慢性の気管支炎が加わり、COPD(慢性閉塞性肺疾患)となる。
COPDになると、咳と痰が出て、さらに悪化すると、息切れするようになる。COPDの90%は喫煙者である。喫煙者は80歳を越して生きるのは難しいと覚悟した方がよい。 煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし 寺山修司(『寺山修司全詩歌句』思潮社、1986) 図書室の窓より見下ろす喫煙所同じ時間に同じ顔ぶれ 永田紅(永田紅『春の顕微鏡』青磁社、2018) タバコを吸うのは決して格好のよいことではないことを知ってほしい。 ● 酒は飲み過ぎないかぎりは 健康に悪くない タバコをやめると、ほかの人の吸っているタバコの匂いも気になってくる。それだけ匂いに敏感になっているのだ。 他人のタバコの煙(副流煙)でも健康被害を受けるということを最初に指摘したのは、国立がんセンターの平山雄であった。 1981年の「ヘビースモーカーの妻たちの肺がんリスク」という論文は、日本の家は狭いからだろうなどと言われ、世界からなかなか受け入れられなかった。 しかし、その後の研究により、受動喫煙によっても、がん、循環器疾患のリスクが高くなることが確実になった。マンションのベランダでタバコを吸う「蛍族」が増えたのも、「ヘビースモーカーの妻たち」の闘いの成果であろう。 アルコールについては、飲み過ぎない限りは健康に悪くないというデータが多く、厚生労働省もそれを認めていた。