【ルポ+解説】ミャンマー内戦に巻き込まれ、強制徴兵までされるロヒンギャの惨状
<世界の注目が集まるバングラ政変の陰で、イスラム教徒の少数民族がミャンマー内戦に巻き込まれ、多数の犠牲者が出ているーー。複雑すぎる少数民族と武装組織、ミャンマー国軍、バングラディシュの関係をわかりやすくチャートで解説>
8月上旬の深夜、バングラデシュのシェイク・ハシナ首相(当時)国外逃亡のニュースが世間をにぎわせていたのと同じ頃、筆者の携帯に不穏な写真が届いた。映し出されていたのは、雨でぬかるむ田舎道に突っ伏した女性や老人、子供の無数の遺体だ。送り主であるロヒンギャの青年がこう訴える。 【動画】無抵抗の少年一人を追い回す国軍兵士たち 「誰もがバングラデシュの政変に気を取られ、僕らのことを忘れてしまった。ミャンマーはひどい状況だ。多くのロヒンギャが戦闘に巻き込まれ、村で、道端で死んでいる」 仏教徒が多数派を占めるミャンマー(ビルマ)で長年、迫害を受けるイスラム教徒の少数民族ロヒンギャが、軍事政権と仏教系少数民族の戦闘に巻き込まれ、さらにバングラデシュ側に避難した難民までもが強制徴兵されて戦場で「人間の盾」にされている。6月にバングラデシュの難民キャンプを訪ね、権力者の思惑に再び翻弄されるロヒンギャの現状を取材した。【増保 千尋(ジャーナリスト)】 ■繰り返される「7年前の危機」 ロヒンギャは、ミャンマー西部ラカイン州に何世代にもわたり居住していた歴史があるが、国内ではバングラデシュからの「不法移民」として迫害され、ほとんどの人が無国籍の状態にある。ミャンマーが民政移管した翌年の2012年頃から同州内の仏教系少数民族ラカイン人との対立が深まり、両者の衝突が国内各地に飛び火して反ロヒンギャ運動が巻き起こった。 さらに17年8月、武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」の武装蜂起を機に、ミャンマー軍やラカイン人の強硬派の仏教徒らが、ロヒンギャの村で大規模な武力弾圧を行った。罪のない市民が無差別に殺害され、女性が性暴力を受け、村が焼き打ちに遭ったことから、米政府はこの迫害をジェノサイド(集団虐殺)に認定している。このとき75万人以上のロヒンギャが隣国バングラデシュに逃れ、7年がたった今も難民キャンプで避難生活を送っている。 かつての悪夢のような惨劇が、今年に入り繰り返されている。ラカイン州で昨年11月から、ラカイン人の武装勢力「アラカン軍(AA)」とミャンマー軍との戦闘が激化し、それにロヒンギャが巻き込まれているのだ。 ラカイン人には、18世紀まで栄華を極めた自分たちの王国をビルマ人王朝に滅ぼされ、それ以降は多数派ビルマ人に搾取されているという思いがあり、1950年代から抵抗運動を行ってきた。19年1月には、自治権獲得を求めるAAとミャンマー軍との戦闘がラカイン州で激化。だが21年2月にミャンマーで軍事クーデターが起こると、軍は民主派との戦いに苦戦するようになり、AAはその間ラカイン州で実効支配地域を拡大する。 この優勢の波に乗り、23年11月に一挙に攻勢に出てラカイン州にあるミャンマー軍の拠点を次々と占拠した。地元紙の報道によれば、今年5月までに17郡区のうち9つを統治下に置いたという。ミャンマー軍がこれに応戦し、州内でAAの勢力圏に置かれたロヒンギャの村を攻撃するなか、市民が両者の戦闘の巻き添えになり、大きな被害が出ている。 ■母の斬首遺体を見て号泣 4~5月にかけて激戦が繰り広げられた北部ブーティーダウン郡ナッケントー村出身のモハマド(仮名、60歳)は、AAが彼の村を支配下に置こうとしているという理由で、ミャンマー軍が5月中旬に村を襲撃したと語る。妻の親戚が暮らす同郡タミンジョー村に逃れたが、今度はそこでAA側の攻撃に出くわし、複数の兵士に銃で撃たれ、足や腹部に重傷を負った。モハマドは村の惨状をこう話す。 「17年8月にも、ミャンマー軍は私の村を攻撃しました。しかし今回のほうがより多くの人が亡くなっており、7年前の危機よりも被害は大きいと感じます」 同じくタミンジョー村のアリ(仮名、16歳)は、AAによる攻撃が始まった当初、マドラサ(イスラム神学校)にいた。銃声と爆発音を聞いて家路を急いだが、自宅で目にしたのは変わり果てた母やきょうだいの姿だった。家族11人のうち6人が銃に撃たれるなどして亡くなり、残り5人も重傷を負った。母親は斬首され、さらに腕を切り落とされており、その姿を見て号泣したという。逃げるために外に出ると水田には銃で撃たれたロヒンギャの遺体がいくつも横たわっていた。その後、AAは彼の村に火を放った。「こんなひどい仕打ちをするなんて、軍もAAもどれほどロヒンギャを憎んでいるのだろう」と、アリは言う。 戦闘は今も続いており、8月5日には、バングラデシュ側に避難しようと両国間を流れる国境の川を渡ろうとしたロヒンギャがドローンなどによる爆撃を受け、約200人が犠牲になったと米CNNなどが報じた。冒頭の筆者に送られてきた写真は、その際に撮影されたもので、ミャンマー軍とAAはこの惨事の責任をなすり付け合っている。ラカイン州の戦況が悪化するなか、バングラデシュに逃れようとするロヒンギャが急増しているが、同国は現在、難民の受け入れを制限しており、多くの人が国境付近で立ち往生している。