【ルポ+解説】ミャンマー内戦に巻き込まれ、強制徴兵までされるロヒンギャの惨状
ラカイン州の仏教徒を利用した旧日本軍の歴史
中西准教授によれば、少数民族間の潜在的な対立を利用することで、軍による支配を固定化するこうした戦略は、ミャンマーで繰り返し用いられてきたという。ラカイン州は国内の最貧困地域の1つで、ラカイン人もまた長年、軍の迫害や搾取に苦しんできた。現在のラカイン州で起きているロヒンギャとラカイン人の抗争は既得権益を維持したい権力者に政治利用され、その犠牲となってきた「弱者同士の争い」でもあると、中西准教授は指摘する。 強制徴兵には、バングラデシュ当局の関与も示唆される。地元ジャーナリストは、「バングラデシュ当局は難民キャンプの治安悪化を把握しながら、意図的に野放しにしている。もともとバングラデシュはロヒンギャの帰還の道筋が見えないことにじれていた。徴兵でロヒンギャがミャンマーに連れて行かれるのを、止める理由はないのだろう」と語る。バングラデシュとミャンマーの国境付近に潜伏するRSOの司令官(32)に話を聞くと、彼もまたバングラデシュ当局から「支援を受けている」と認めた。 17年の危機の発生当初から、ロヒンギャ難民キャンプを調査する立教大学の日下部尚徳准教授(国際協力論)は、「バングラデシュ警察は、昨年RSOの一部を抱き込んでARSAの幹部を摘発する作戦を行っており、現場レベルで間接的に強制徴兵に関与している可能性が指摘されている。RSOに比べ、国外とのつながりが強いARSAを当局は警戒している。キャンプがイスラム過激派の根城になることを懸念しているのだろう」と分析する。 ラカイン州の治安が悪化の一途をたどるなか、ロヒンギャ難民がミャンマーに帰還する目途は立たない。キャンプで命の危険にさらされ、就労や教育の機会も制限されている難民たちからは、未来への希望を持ちづらいという声が聞かれる。17年以前に避難したロヒンギャを含めると、100万人の難民を7年以上受け入れ続けるバングラデシュ側も疲弊しており、市民の間では反ロヒンギャ感情が高まっているという。 8月にハシナ前首相が辞任した後、暫定政権の首席顧問を務めるムハマド・ユヌスはロヒンギャ難民への変わらぬ支援を表明しているものの、世界中で戦争や人道危機が頻発する状況下で、国際社会からの資金提供は大幅に減少している。また、7~8月に起きた反政府デモの際、警察署などが襲われ武器が流出し、その一部がキャンプに流れ込んだという情報もあり、さらなる治安悪化が懸念される。 ラカイン人とロヒンギャの現在の軋轢に、日本も決して無関係ではない。太平洋戦争中の1942年、ミャンマー(当時の英領ビルマ)に侵攻し、ラカイン州にもその勢力を伸ばした日本軍は、そこで英軍と対立した。このとき、英軍は同州のイスラム教徒を、日本軍は仏教徒を諜報活動などに利用。この期間に発生したイスラム・仏教徒間の暴力的な衝突の歴史は今も双方のコミュニティーに語り継がれており、相手を攻撃する際の論拠にする人もいる。 歴史的にも関わりのある日本がロヒンギャ難民の状況を改善するために担うべき役割を、日下部准教授はこう話す。 「日本政府は継続的にロヒンギャ支援への資金協力を続けているが、今後は難民の就労や高等教育の機会を増やすようなプロジェクトを主導することも期待される。バングラデシュが孤立すれば、経済的な負担増や治安悪化につながり、地元コミュニティーにおけるロヒンギャへの反感がさらに強まる可能性もある。難民を受け入れるバングラデシュを徹底的にサポートする姿勢を見せることが、日本を含む国際社会に求められている」
増保 千尋(ジャーナリスト)