「読むとえぐられるマンガは一旦卒業」鳥飼茜の新作は「妊娠・中絶」がテーマでも男女4人の会話劇が心地良い! 参考にした「名作ドラマ」《インタビュー》
フィクションよりも世界観が出来上がっているモデルには、越えてはいけない一線がある?
――男性の木目田は、妊娠出産の当事者意識がありすぎて、でもなんかズレていて、ちょっとぞっとしちゃいました(笑)。未来のために逆算して、1日2000円しか使えないと算出し、きっちり守るとか……。そういうところが夫婦関係を壊していくわけですが。
鳥飼 彼にはモデルがいて、実際、その人が2000円生活の話をしていたんですよ。全部が全部、モデルの人どおりってわけではなく、むしろフィクションでつくりあげている部分がほとんどなんですけど、ちょこちょこ織り交ぜています。実は、構想を練っている段階では、誰よりもこの人を描きたかったんですよね。 ――女性陣ではなく? 鳥飼 ではなかったですね。なんていうか……そのモデルになった人が、本当におもしろいんですよ。マンガだけでなく、フィクションが介入する余地がないくらい、世界観ができあがっていて、地に足がつきすぎている。そういう人を作品のなかに放り込んだら何ができるだろう、って思いました。フィクションのなかにその人のニセモノっていうかアバターをつくって動かす、禁断の遊びみたいなことをしていたんですけど……今はちょっと、心にセーブがかかっています。私が描くものより、今もなお、その人のほうがおもしろい。現実の強度を、思い知らされたような気がして。それにやっぱり、このやり方では越えてはいけない一線を越えることもある気がして、慎重になっていますね。 ――一方で、間戸が7年間忘れられなかったイケメン・堂島は、何もかもに責任をもたない、ふわふわした男です。 鳥飼 こういう、魅力的ではあるんだけど関わりたくない、プレイボーイ的な男の人っているよなあ、と描き始めたんですけど、だんだん、私の想定を超えて独自の成長を始めていますね。あんまり、思い入れがないからかな(笑)。彼にどうあってほしいとか、とくに思わないせいか、いちばん、リアリティがないキャラクターのような気もしています。 ――思い入れ、ないんですか。鳥飼さんは本当に、こういうふわふわした男性を魅力的に描くのがうまいなあ、と思ったんですけど。『先生の白い嘘』に出てくる和田島とか。 鳥飼 見た目も似てますね、そういえば(笑)。でも言われてみれば、こういう人がいてくれたら救われるのに、と思っているところはあるかもしれない。軽いし、信用はしきれないんだけど、なぜか許してしまう。そういう人たちが、状況を軽くしてくれることってあるよなあ、って。たぶん、根っこにあるのが『うる星やつら』の諸星あたるなんですよ。きっと、子どもの頃にいちばん最初に好きになった人。 ――ああ! 鳥飼 女性をまるで人格より性的魅力でしか見ていないかのようなのに、優しさはある。でも、誰にでも優しくできるのは、誰のこともそんなに好きじゃないからなんだろうなって感じながらも惹かれた気持ちが、今も残っているのかもしれない。物事をこじらせない才能に、憧れもするんですよね。
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