「読むとえぐられるマンガは一旦卒業」鳥飼茜の新作は「妊娠・中絶」がテーマでも男女4人の会話劇が心地良い! 参考にした「名作ドラマ」《インタビュー》
――2022年、性的暴行を受けた10歳の少女が、中絶するために隣の州まで移動したというニュースで注目が集まりましたよね。アメリカでは長く、妊娠中絶が女性の権利として認められてきたはずなのに、と。 鳥飼 一度は認められたのち、今、バックラッシュが起きている、そのことすら私は知らなかった。かたや日本では、ようやく経口中絶薬が承認されたところで……。でも、私のように、当事者であるにもかかわらず深く考える機会をもたないまま生涯を終える人って、多いんじゃないかなと思いました。だからアマネには、その役目を背負わせてみようと思ったのですが、そのテーマと、めざしている軽ノリ会話劇とのバランスをとるのが難しくて。 ――深刻に始まったかと思いきや、次のページですぐ主人公の間戸かすみが「妊娠してなかった! よかったー!」とトイレで喜ぶ場面が軽くてびっくりしました。でも、私たちの現実ってむしろ「そっち」だよな、と。 鳥飼 元カレとのワンナイトでできちゃ困る、と。不思議ですよね。間戸ちゃんはかつて、中絶を選んだ友達を糾弾して、それで関係が絶たれてしまった過去があるのに、「できなかった」ことは無邪気に喜ぶ。命の誕生を寿ぐ気持ちと、邪魔に感じる気持ちが、ひとりの人のなかに混在している。その矛盾についても、考えてみたい気持ちはありました。
妊娠中絶は女性の権利であると同時に、男性が関与する問題でもある
――そんな間戸が、実は7年前、電車のホームに落ちたアマネを助けていた、というのが本作の転がりどころです。そのとき協力し合った佐津川という女性とはいまだに交流が続いていて、さらに堂島、木目田という2人の男性とも再会し、4人で交流するようになる。 鳥飼 テイストは違うけど、『先生の白い嘘』と物語の組み立て方は同じなんです。あれは性暴力の話であると同時に、人はそれぞれセックスに対してどういう価値観をもって生きているのか、ということを描きたかった。今回はそれを、出生に対する価値観に変えて、4人のキャラクターをつくっていきました。妊娠中絶はたしかに女性の権利だけれど、当然、男性が関与する問題でもあるわけで。当事者感覚のズレみたいなものが、男女それぞれの立場から描くことで、浮かびあがってくるんじゃないかなあ、と。
【関連記事】
- 奈緒×猪狩蒼弥主演で映画化の『先生の白い嘘』。性被害を受けた男女の、性の不条理を描いた心震える作品
- 自死した友人の謎を追う書けない小説家の行く末は――? 「死」と「喪失」をテーマに描く鳥飼茜『サターンリターン』
- 「見初められる、って なんておぞましい言葉だろう」――性的無理解。のみこんできた言葉を作品に託して ■対談 村田沙耶香×鳥飼茜
- 「編集者の私が物語を左右してしまったのではないか」文芸誌編集者の漫画を描く中で見えた、彼らの謙虚さとは【北駒生インタビュー】
- 「性的なパフォーマンスをするダンサーにも信念がある」ポールダンスへのリスペクトを込めたスポーツマンガ『POLE STAR』で描かれる“人としての誇り”〈NONインタビュー〉