子どもはできたのに離婚も……不妊治療をめぐるズレ、当事者の声から
保険適用で不妊治療の件数は増えそうだが……
不妊治療の公的保険適用範囲拡大の影響を、「NPO法人男性不妊ドクターズ」理事長で東邦大学医学部教授の永尾光一氏(62)はこう話す。 「従来の助成金制度は自由診療のため、患者が治療費をいったん払わなければいけなかった。保険適用により大きな金額を自分たちで用意する必要がなくなり、これまでより受診しやすくなると予測されます。結果的に間口が広がり、不妊治療を受ける方は増えるとみています」 厚生労働省のホームページ内にある野村総合研究所が2021年にまとめた「不妊治療の実態に関する調査研究」によれば、1997年時点で体外受精や顕微授精による出生児は1万人にも満たなかった。だが、年々右肩上がりに上昇し、2019年には6万598人に達している。これは総出生数86万5239人に対して、14.3人に1人が体外受精などで生まれた計算だ。この数字がさらに4月から伸びるとなれば、夫への不満を抱える妻が増えていくことにもなるだろう。
子どもができたのに離婚協議
不妊治療を発端に、離婚へ動き出すケースもある。 40歳という高齢で男児を出産した栗林恵子さん(仮名・40代)は、不妊治療後に夫から言われた一言が原因で、離婚協議を重ねている。 「お前は結局、子どもを産むために俺を利用したんじゃないのか」 不妊治療を始める際、夫の精液に問題が見つかった。 「精液検査で絶望的に数字が悪かったんです。本人は至って健康体だと思い込んでいたので、その事実を知ったときは涙ぐんでいた。一番つらかったのは、夫が病院に来なかったので、私の口からそれを伝えないといけないことでした。そういった小さな積み重ねが、埋めがたい不信感につながっていったんです」 栗林さんは治療中に夫から受けた心ない言動を細かく記憶している。 「子どもを産むために俺のことを利用したのか」 「お前はいちいち細かいことを気にしすぎだ」 不妊治療に前のめりになった栗林さんが、夫に生活習慣を改めるよう何度もお願いしたときに投げつけられた言葉だ。 1度目の顕微授精で妊娠をした。だがほどなくして流産。栗林さんは精神的に底なし沼にハマったような状態だったという。SNS上で不妊治療中の夫の悪口を綴ったつぶやきを探しては、深く共感した。SNSに浸ることが、ストレス解消にもなった。一方で自分の意地汚い部分を自覚することにもなり、落胆もした。そんな栗林さんの葛藤とは裏腹に、夫の意識は一向に改善される気配がなかった。 「不妊治療に対して学ぶ姿勢が全く見られなかったんです。女性側は細かく調べて、病院にも行くからどんどん知識の差が広がっていく。当初は子どもという共通の目標に向かって話し合いを重ねていましたが、最初の採卵のとき、いきなり飲んで酔っ払って帰ってきた時は『この人は本当に何も考えてないんだ』と呆れてしまって……」 結婚当初は見えなかった夫の本質が、不妊治療を通して明らかになっていく。治療開始後、夫はまるで別人のようになったと、栗林さんは感じたという。幸い3年前に出産には至ったが、育児でも夫は無関心だった。離婚後も自分は子どもとは会わなくていい、と既に夫から言い渡されている。 「殴る蹴るはないですが、それ以上に言葉の暴力が精神的にこたえてしまった。ただもし、不妊に向き合う上で最低限の気遣いがあったなら、よりどころにはなったはずです。離婚という決断には至らず、私も最後のところで踏みとどまれたんじゃないかな」 前出の永尾氏はこう断言する。 「不妊の原因の約半数は男性側にあります。でも高額な医療費を夫に出してもらっているゆえに、協力を求めにくい女性も少なくありません」 不妊治療を始めるにあたって、まず夫は「泌尿器科を受診すること」を永尾氏は推奨する。 「泌尿器科での精巣の状態、生殖機能等のスクリーニングは15分もあれば完了しますし、仮にそこで問題があっても、一日で治療できるものが大半です。男性不妊症患者の4割を占める『精索静脈瘤』も手術ですぐに治る病気です。女性への負担が大きい体外受精や顕微授精を試みる前に、男性も最低限の検査を受けることがフェアといえるでしょう。実は泌尿器科で治療することで、タイミング法で自然妊娠した、という事例はかなり多いんです」 夫婦間の意識差についても、永尾氏はこう指摘する。 「受け身で何もしない夫は多いが、これはよくありません。女性は怒ったりSOSを出したりしているのに、男性側に気づきがないというケースも目立ちます。診察の際にお互いの認識に齟齬があり、病院で喧嘩になっているカップルも見ました。『妊活は夫婦でするもの』という当たり前の意識を持ち、男性から自主的に費用や時期、家事や仕事とのバランスを事前に話し合うだけで、多くの問題は回避できるはずです」