ここに入っておけばよかった!…プロ野球選手が引退後も「食べていける」4球団の名前
引退後のほうが時間は長い
今年もプロ野球に世知辛いオフがやってきた。 11月14日に「12球団合同トライアウト」がZOZOマリンスタジアムで行われ45人が参加した。会場にはNPBの12球団ほか、独立リーグ、クラブチームなどのスカウト156人、選手家族・関係者104人が集まり、入場者数は3420人に上った。 【写真】「張さん、もうやめましょう」…新人を驚愕させた球界の番長・張本勲の立回り 再起をかけたテストの場だが、現実は甘くない。このうち球界に選手として戻れるのは毎年僅かだけだ。 いつかはやってくるプロ野球選手の「引退」。スター性があり、引退後も人気タレントとして活躍できる選手ならまだしも、ほとんどの選手が引退後の人生は現役時代と無関係の世界に身を置き、厳しい世界で生きていかざるを得なくなる。 かつて、野村克也氏は「現役よりもユニフォームを脱いでからのほうが長い」とミーティングで口酸っぱく選手たちに問いかけ、人間育成に重点を置いてキャンプなどで講義を展開した。 「引退後、昔はテレビ・ラジオのプロ野球解説者、スポーツ新聞の評論家のほか、飲食店を開店させるくらいしか道は無かった。それでも、景気はよくメディア関係の仕事なら年収1000万円ほどは稼げていたし、飲食店も後援してくれるタニマチの連中が開店資金などを面倒を見てくれることが多かった。 今はメディアの衰退が著しく基本は単発契約ばかり。DAZNなどで流れているプロ野球球団が制作する中継は1試合7万円程度しかギャラはもらえない。それも月に1、2本あるかどうか。別の仕事と掛け持ちでやらなければ生活できません」(球界OB)
引退後のキャリアは球団にかかっている?
成功事例としてここに示すのは江尻慎太郎氏(47)。投手として日本ハム、DeNA、ソフトバンクの3球団を渡り歩いた。プロ野球での現役生活は、2001年にドラフトで指名されてから2014年まで続き、戦力外通告を受け、幕を下ろした。 「彼が賢かったのは引退後にスカウト業務とともにソフトバンク系列会社への転職先を提示されて、サラリーマンの道を選んだこと。これを機に野球振興目的で休日にテレビの解説、野球教室を始めて、現在はソフトバンク系列子会社でプロ野球選手のセカンドキャリア構築を目的とした企業『AcroBats株式会社』の代表取締役社長として勤務しています。先日は出身地の宮城県内で行われた楽天・田中将大投手の野球教室にも運営スタッフとして支援に入るなど、野球振興に携わっています」(ソフトバンク球団関係者) ただこれはあくまでも一例で、球団により「クビ」になった後の進路は球団間、個人間で大きく異なる。 中でも、球団の特性はその後の進路に大きく影響するという。 「ソフトバンクは球団職員数が多いので、職種を選ばなければ何らかの形で職につくことができます。また江尻氏のようにソフトバンクの関連会社へ転職してサラリーマンになることも可能です」 「巨人、阪神はメディアへの斡旋が多く、巨人なら日本テレビ、阪神は在阪テレビ局や球団関連会社が制作する中継の解説に入ることもしばしばあります。その点は広島も同じで、球団と結びつきが深い中国放送(TBS系)、広島テレビ(日本テレビ系)に斡旋された解説者が多い。 また、巨人、阪神、広島の3球団はタニマチ文化が色濃く残っているので、今でも彼らが経営する会社の世話になったり独立をサポートしてもらったりなど恵まれています。 さらに、広島OBだと『地元に帰らず広島に残るなら、死ぬまで仕事の面倒を見てやろう』という鯉党の社長がいたり、名古屋には一代で築いたオーナー企業の社長が激励会開いてくれたりとかなりオイシイ展開になることが多い」(前出・ソフトバンク球団関係者) プロ入りを果たす選手にとって、ペナントレースに強い、指導力があるなどもいい球団の大切な要素だが、引退後のサポートや進路がしっかりしているほうが大事なこともある。 一人の人間として、選手ではない時間のほうが間違いなく長い。賢く生きていくためには、いい球団を見定める力も必要なのかもしれない。
現代ビジネス編集部