大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎に魅せられた表現者たち(前編)
「面白かったのは、ポスター上に、毎日少しずつ、書き込みが増えていくんですよ。『ギリヤークさんオレ絶対行くから!』とか」(鈴木さん) 甲斐あって、コアなファンと街の人たちが集まり、初演は満員御礼。翌年以降も続く恒例公演となった。
鈴木さんにとってギリヤークは「目指す存在」だという。「どんなに年をとっても、ギリヤークさんのようにずっと芸を続けていきたい」と。
「よされ節」の常連、芸人・黒田オサム
横浜・新宿・川越など、ギリヤークの関東公演には、絶妙な踊りを披露する観客の姿がある。東京在住の芸人・黒田オサムさん(87)だ。 2人の出会いはもう何十年も前。お互いに新宿や原宿の路上で芸をしていて出会った。顔を見合わせてニコニコしているうちに、いつの間にか馴染みになった。
ギリヤークの芸に「よされ節」という、皆で楽しく踊る演目がある。かつて黒田さんが初めて踊りの輪に誘われた時、評判が良く「ぜひまた」と頼まれた。回を重ねるうちに「誘われなくても出て」と、輪の中に黒田さんが飛び込むスタイルになった。
「ギリヤークさんの踊りは、初めて見た時から後光が射して見えた」と語る黒田さん。自身は至って健康で虫歯すらないというが、現在のギリヤークの踊りをどう見ているのだろうか。 「昔の踊りはキレが良かった。今はキレが悪くなったけど、それがまたいい。彼が何もやらなくても、ちょこんとムシロの上に座っているだけでも踊りになる。踊らなくても、踊っちゃっている」 「芸人は踊れなくなったらおしまい。でも踊れなくなるほどまでに踊ったら、今度は踊れないのが芸になる。完全に踊れなくなったらもっとすごい。それが芸人。拝みたくなります」 そういう黒田さんも、踊り続ける現役芸人。1931年3月生まれで、前年8月生まれのギリヤークと、5月の横浜公演時は同じ年齢。来年は共に米寿。よされ節で並ぶ姿が楽しみに待たれる。
40周年でシンポジウム、大学教授・鵜飼正樹 = 大衆演劇・南條まさき
10年前、「ギリヤーク尼ヶ崎40年の軌跡」を追うシンポジウムが、京都文教大学で開かれた。動画と対談と踊りで芸人人生を振り返る充実した内容のシンポジウムで、講師はギリヤーク、司会を務めたのは同大学教授の鵜飼正樹さん(59)だった。 鵜飼さんは、京都大学の大学院生時代に、約1年間休学して大衆演劇一座の一員として旅回りし、南條まさきの芸名で舞台に立ったという異色の経歴の持ち主。復学した後、大衆文化を研究し続けているが、傍らでは名古屋の大須大道芸町人祭などで大衆演劇を披露する大道芸人でもある。