今知りたい「合理的配慮」とは? 車椅子ユーザーの猪狩ともかとインクルージョン研究者野口晃菜と語り合うバリアのない未来
あらかじめ、施設側が環境整備を進めることも大切
――猪狩さんが、アイドル活動をするにあたって、不便を感じるのはどのようなときですか? 猪 複数のグループが出演するライブのときに、楽屋がステージと同じフロアになるとは限らないんですね。だから、できるだけステージと同じフロアの楽屋にしてもらったり、舞台袖からステージまでに段差がある会場では、スタッフの方に車椅子ごと持ち上げてもらうなど、なるべく事前に相談して問題を解消するようにしています。 野 雇用面に関しては、2016年の「障害者雇用促進法」の改正によって、「合理的配慮」の提供が義務付けられているので、それは当然の権利だと思います。 ――日本ではバリアフリー化も少しずつ進んでいますが、移動の面では? 猪 なるべく車を利用していますが、電車移動のときは、事前に動線を確認しています。東京では、山手線や大江戸線、丸ノ内線、ゆりかもめなどは、駅自体が改修されていて、一人でも利用しやすいのですが、その他の路線での乗車時には駅員さんの手を借りないといけないので、それが毎回申し訳なくて。 野 まだ日本では、誰かにお願いしないといけない状況がたくさんありますよね。多くの人が利用する施設は、「合理的配慮」をしないでも済むような環境整備(=事前的改善措置)をしておくと、施設側も、利用者側も快適に利用できるのですが。
社会のバリアを取り除くためにできること
猪 バリアフリー化もそうですし、「合理的配慮」が必要なときに、理解してくれる社会になったらうれしいですね。障がい者のわがままだとか、仕方ないから諦めてほしいとか、批判が続くと何が正しいのかわからなくなってしまって。 野 よく、「障がい者はもっと感謝すべき」と言われることがありますが、「合理的配慮」は周りの人の「善意」や「寛容さ」などに障がい当事者の人権が左右されないためのものです。日本は人権について学ぶ機会があまりにも少ないと思います。車椅子ユーザーでない人は自由に移動する権利があるのに、車椅子ユーザーは声を上げたり、感謝しないと移動する権利を得られないというのはおかしいですよね。変わらなきゃいけないのは、社会の側なんです。先ほど、猪狩さんが第三者が声を上げることは有効だという話をしてくれましたが、障がいのない人こそ、「合理的配慮」が社会の中で当たり前になるように行動をしていくことが重要だと思います。 猪 私も、車椅子生活や障がいにまつわる発信を始めたのは、ここ数年のことなんです。最初は、アイドル活動に関することを中心に発信していたんですが、私自身が一人暮らしを考えるようになってから、同じような境遇の方が少しでも過ごしやすい社会になればと考えるようになって。使命感ではないけれど、YouTubeなど自分で発信できる場所もあるし、今回のような機会もあるので、これからも続けていこうと思っています。 野 猪狩さんのように、当事者の方の発信で社会に存在しているバリアに初めて気が付くことがたくさんあります。私は、学校におけるインクルーシブ教育を専門に研究していますが、学校では、障がいのある子どもと、障がいのない子どもが日常的にともに過ごす場面が限られています。障がいのない人は、障がいのある人について知る機会が本当に少ない。また、自分の権利が侵害されているときは意思表明をしてよい、ということを誰もが学び、経験をすることが「合理的配慮」の土台になると思うので、その点も推進していきたいです。 photography: Kaho Yanagi text: Miho Matsuda